12人分の血液と腕を警察に届けた男は殺人犯? ベテラン刑事と女警部補が挑むマーダミステリー『DYS CASCADE』
公開日:2023/3/31
秘密、真実、それは絶対に隠し通せないものだ。いま話題のマーダーミステリーコミック『DYS CASCADE』(中川海二/講談社)がそれを教えてくれる。
定年が近いベテラン刑事とその上司である女性警部補がバディ(相棒)となり、犯人と目される男に迫ろうとする。しかしその男は警察を恐れずに向かってきた。しかも挑発を繰り返し、そして……。
『ROUTE END』(集英社)でサイコ・サスペンスを描いた中川氏の意欲作は、連載中の漫画サイト「コミックDAYS」でランキング1位を獲得したこともあるそうだ。
当たり前だができる限りネタバレは控えるし、謎解きをしないわけにはいかない。その縛りの中でだが、ぜひ語らせていただきたい。
やり手女警部補と闇を抱えたベテラン刑事のバディストーリー
ベテラン刑事・三坂重遠(みさかしげとお)は、太腿の大きな傷がもとで失血死したとみられる古田三輪子(ふるた みわこ)の遺体の捜査を担当することになる。異動してきたばかりの上司・宇賀田怜悧(うがたれいり)警部補と組んで捜査を進める三坂の携帯電話に、ある日知らない番号からの着信が。電話を取ると「駐車場に置いた」とだけ聞こえて切れた。三坂が警察署の駐車場に向かうと、そこで蓋が閉まったバケツを見つける。その中に入っていたのは12リットルの血液と1本の腕だった。そして署の防犯カメラには、片腕のない男が堂々とバケツを運んでくる姿が録画されていた……。
遺体の発見から始まる物語。スタート時からぐっと引きこまれるが、すぐにキャラクターの“重さ”に気付く。
三坂は被害者、特に殺人事件の遺族によりそうことができる刑事だ。静かで独特の雰囲気をまとい、遺族が憔悴している中でも心を開きやすいようよりそい、話を聞き出す。実は子どものころに弟を何者かに殺されており、今も犯人は捕まっていない。それが警察に入った理由なのだ。同期が皆出世していく中、定年が近くなった現在も現場にとどまっているのは、時おり見る弟や母親の悪夢のせいか……。
そんな彼の上司でありバディになった宇賀田もまたキャラクターの強い人物だ。彼女は若くして出世し警部補となったまさに“やり手”ではあるものの、仕事以外はポンコツ。宇賀田は専業主夫の夫・春樹(はるき)と、物わかりのいい娘・真理(まり)、そしてご近所さんたちと過ごし、見守られて、日々充実しながら捜査にまい進できているのだ。彼女の家とその周りの描写は、いろいろな意味で物語の大事な“芯”にかかわってくる。
言葉を選ばずに書くと、彼女はとにかく三坂がお気に入りだ。必要以上に絡み、からかっている。とはいえ、三坂は動じず大して盛り上がらない。この二人の会話と掛け合いも本作のおかしみのひとつだ。とにかく学生のころから正義感が強く、警察に入るべくして入った宇賀田。その動機はある出会いと掛けられた言葉がきっかけである。
本格的なサスペンス&ミステリーの香りただよう物語もアツいが、やはり彼ら“重い”キャラクターたちが非常に魅力的だ。落ち着きがあり闇を抱えている三坂と、年下(かなり)の上司で明るく猪突猛進する宇賀田が、謎多き事件に挑む。
警察に12リットルの血液と片腕を届けた“最重要容疑者”の真意とは?
防犯カメラに映っていた片腕のない男の顔を見た宇賀田は彼を思い出した。男の名は馬場敦(あつし)。6年前、ある殺人事件の容疑者で彼女が聴取を行った相手だった。捜査の結果、彼は殺人事件とは無関係だと判明し、真犯人も捕まった。しかし馬場の母はその聴取後から息子は“おかしくなった”と言い、警察への恨みを募らせていた。
馬場はその後を追う警察をあざ笑うかのように再び防犯カメラの前に姿を現し、12人の名前が書かれた名簿のようなメモを残す。そこには宇賀田の近所に住む知人女性・山久早苗(やまひさ さなえ)の名前があった。
さらに事件が起こる。宇賀田と親しい老人・江土健太郎(えど けんたろう)が脳卒中のような症状で倒れ、宇賀田の娘・真理がその現場に遭遇する。通りがかりの男が救急車を呼び、真理と共に付き添って病院へ向かう。一見親切なその男には、片腕がなかった――。
ぞっとする展開に思わず鳥肌が立った。ここまでが1巻である。謎を整理する。
馬場の行動の目的とは何か。
宇賀田とこの事件との接点は何か。
そもそも馬場は殺人犯なのか。もしそうでなければ真犯人は?
事件が寝た子を起こし、ひっそりと隠されていた真実が見えてくる。しっかりと心の準備をして読んでほしい。
文=古林恭