義足で人類最速を目指して――障がい者スポーツの大きな可能性とこれからの課題
公開日:2023/3/30
義足は、足を失った人の足を補うための道具である。そう解説するのは、義足エンジニア・遠藤謙氏の著書『みんなの研究 だれよりも速く走る 義足の研究』(偕成社)だ。
二足歩行ロボットを研究していた遠藤氏は、高校時代の後輩が病気により片足を切断せざるをえなくなったのをきっかけに義足エンジニアへ転身。現在は、自身で起業した株式会社Xiborg(サイボーグ)で、アスリート用義足の開発に情熱を注いでいる。
本書が伝えるのは遠藤氏の来歴、そして、義足の話題を発端とする「人間の身体」の知られざるメカニズムだ。パラリンピックに代表される障がい者スポーツで人類最速を目指す人びとの挑戦は、胸を熱くさせる。
「走る」だけに特化したスポーツ用義足
義足には種類があるという。構造を人間の足に近づけている「日常用義足」と、走ることに特化した「スポーツ用義足」だ。
一般的なスポーツ用義足は、アルファベットのCやJのような形をしているが、これを考案したのはアメリカの発明家、ヴァン・フィリップスである。彼は水上スキーの事故で足の一部を失い、よりよい義足を求めるようになったという。
日常用とスポーツ用で形が異なるのは、歩行時と走行時の「足の使い方」の違いにある。歩行時は片方の足が地面をける瞬間にもう片方の足はかならず地面についている。これは「ダブルスタンスフェーズ」と呼ばれているが、片方の足が地面につく瞬間に、地面をけるということを繰り返す走行時には、この動作がなくなる。
このようなメカニズムを考慮したスポーツ用義足は、見た目やほかの運動に必要な機能を考えないようにして、ひとつの動きに絞っており、ひいては人間の足で走るよりも、義足で走るほうが速くなる可能性もあると、本書は力説する。
健常者とオリンピックでしのぎを削った義足ランナーも
アスリート、コーチ、義肢装具士などのチームでスポーツ用義足の研究を続ける著者。現在は義足アスリートがどこまで速く走ることができるかを追求するのみではなく、義足で走りたいと思う人たちが、走りたいと思ったときに走れる未来を作るために日々、精力的な活動を続けている。
しかし、その熱意がもっとも発揮されるであろう、障がい者スポーツ分野には様々な課題もある。
例えば、健常者との競争を希望するアスリートに対して、道具を使っているんだから、速いに決まってるといった声が浴びせられることもある。
実際、国際的な大会でも議論の的になることがあった。大会初の義足ランナーとして、2012年に行われたオリンピックのロンドン大会で、短距離競技へ出場した南アフリカのオスカー・ピストリウス選手は当事者の一人だ。
そこからさかのぼり、ピストリウス選手が2008年の北京大会への出場を目指していた当時は「義足が競技において有利にはたらいている可能性があり、健常者の選手といっしょに走るのは不公平だ」という理由で出場が認められず、裁判の末にロンドン大会でようやく念願の出場を果たしている。
また、2016年のリオデジャネイロ大会では、走り幅跳びで記録を伸ばしていたドイツのマルクス・レーム選手が「助走のときは不利であるが、ジャンプするときには有利になるのでは」とする見解を理由に、出場が叶わなかった。
「やりたい」と願っても「障害があるせいであきらめざるをえず、努力をするチャンスすらない、という状況があることも事実」だと遠藤氏は俯瞰する。誰もが納得する形での公平が実現する未来は訪れるのか。本書からは、そうした問いかけも聞こえてくる。
文=カネコシュウヘイ