「つまらないものですが…」はダメですか? 77歳の現役マナー講師が伝え続ける、謙譲の言葉に込められた「相手への愛」

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公開日:2023/4/4

 なじみのある場面や日常シーンのほか、生涯数えるほどしかない冠婚葬祭の機会などでも問われる「マナー」。生きている中で経験することは人それぞれ違うのに、たまに品定めをするかのごとく、人のマナーをチェックしている人を見かける。そういう人を見ていると、いつも「品がない人だな」と感じる。形式上のマナーがきちんとしていても、そういう人を見て「素敵だな」とは思えない。

77歳の現役講師によるマナーの教科書 本当の幸せを手に入れるたったひとつのヒント』(岩下宣子/主婦の友社)は、そんなモヤモヤとした気持ちを払拭してくれる、「相手への思いやり」を大事にしているマナーの本。著者である岩下宣子さんは、タイトルにある通り、77歳の現役マナー講師だ。講師歴50年以上、著書・監修書も多数で、多くの実績を持つ岩下さんだが、決して特別な家の出身というわけではなく、東京の西神田にある長屋で育ったごく普通の女性。

 岩下さんがマナー講師として働き始めたきっかけは、百貨店で行われた3日間の作法教室。受講後、「マナー講師になりませんか?」というお誘いをもらって、そこから1年後にはマナー講師としてデビューしたそう。その後もNTTの社員教育にビジネスマナーをとり入れたい、と言われて管理職の男性相手に講師をするなど、岩下さんの活躍の場は徐々に広がっていく。

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77歳の現役講師によるマナーの教科書 本当の幸せを手に入れるたったひとつのヒント P21

 そんな岩下さんが「岩下宣子にとってのマナーとは?」と聞かれたときに答えるのが、「マナーとは、相手への思いやりの心を、伝わるかたちで表現する方法」。マナー講師を始めてしばらくしたころに読んだ新渡戸稲造の『武士道』にあった、「マナーとは愛」「体裁を気にしておこなうのであれば、礼儀とはあさましい行為である」という言葉を見て、目から鱗が落ちたそう。そこで「相手にどう思われるか」「恥をかかずにすむか」を基準としたマナーを改め、今の「思いやり」というマナーの魅力にハマっていったそうだ。

 本書では、間違えた受けとり方をされ、近年すたれてきているマナーについて解説した項目もある。例えば「つまらないものですが…」という言葉は、近年では「つまらないものを持ってくるなんて失礼だ」と、あまり使われなくなっている。しかし本来この言葉には、誠心誠意選んできたが、あなた(受け取る側)があまりに素晴らしいので手土産がつまらなく見えてしまう、という謙遜の意味が込められている。岩下さんは、この相手への最大限の褒め言葉を遠慮なく使いましょう、と述べている。

77歳の現役講師によるマナーの教科書 本当の幸せを手に入れるたったひとつのヒント P22-23

 逆に、今でもよく言われる「贈り物が届いた際のお電話でのお礼は失礼」というマナーには疑問を呈している。このマナーは、携帯電話がない時代に、相手を電話口まで呼び出す行為として失礼であると言われていたもの。携帯電話やスマホが普及し、メールもLINEもある今は、まずはLINEでもいいから贈り物を受け取ったらすぐに伝える、ということが大事だという。岩下さんが常識や形に囚われず、「なぜこの行為をするのか」「そこにどんな意味があるのか」まで考えているからこそ、こうしてひとつひとつ精査して自信を持って推せるのだろう。

 もちろん感じ方は人それぞれで、相手によってはそのやり方に疑問を感じる人もいるかもしれない。しかし多少何か思ったとしても、「あなたのことが大切です」という気持ちが伝われば、大抵はそんなに悪くは思われないはず。少なくとも私は、よほど気に障るような対応でなければ心遣いは素直に嬉しい派だ。ちなみに真心で接しても伝わらない人が2%ほどいるそうで、そういう人に出会ってしまったら不慮の出来事と思ったほうがよい、とのこと。気持ちを切り替えて機嫌よくいることも、ある種大人のマナーなのかもしれない。

77歳の現役講師によるマナーの教科書 本当の幸せを手に入れるたったひとつのヒント P123

 形式ばかりを見ていると、「めんどうくさい」「厄介だな」と思ってしまいがちなマナー。しかし本書のように「相手を思う形」だと捉えれば、そのひとつひとつが相手を幸せにし、ひいては自分の幸せにも繋がっていくのが想像できる。また、図解で紹介されているお金を包む際の「懐紙のたたみ方」、無駄のない美しい「椅子の腰かけ方」にも注目したい。筆者も、日常の中に溢れるマナーの意味に目を向け、本当に大切にすべきことは何なのかを改めて考えていきたい。

文=月乃雫