時間不足の解消は、効率の追求をやめること!? せわしない新年度の始まりにこそ提案したい時間の考え方
公開日:2023/4/3
ビジネスパーソンにかぎらず、学生でも、もしかしたら小中学生でも「時間がない」と誰でも一度は口にしたことがあるのではないでしょうか。『YOUR TIME ユア・タイム: 4063の科学データで導き出した、あなたの人生を変える最後の時間術』(鈴木祐/河出書房新社)は、2022年10月に出版されて以来、版元である河出書房新社の売上ランキング上位に入り続けている一冊です。
科学ジャーナリストとして活躍する著者の鈴木祐氏は「時間効率をどのように上げるのか」を論じるのではなく、「時間とはそもそもどういうものなのか」「人は時間をどのように感じるのか」という切り口から、時間とどううまく付き合っていけばいいかを論じています。
「時間がない」と感じる人は増え続けているのに、実際は先進国の大半で自由時間の量はほぼ変わっていない――。
なんとも不可解な話ですが、このような事態が起きる理由として、多くの社会心理学者は、「時間効率の過度な追求」を原因に挙げています。短い時間で最高の成果を残そうとしたり、無駄なタスクをすべて消そうとしたり、作業スピードの最適化を試みたりと、生産性にこだわる態度こそが問題の根源なのだというわけです。
時間をどう感じるかは変えられる(時間感覚には柔軟性がある)という前提で本書は展開されていきます。ともすれば、「私」という存在がまずあって、「時間の流れ」というプールの中を泳いでいるように感じてしまいがちです。しかし実際、時間というのは「世界の変化率」だというのが鈴木氏の主張です。「こうなるだろう」という予期と、「こうだった」という想起。それが個人の行動や思考を作り出します。そのときに自分が起こしている「私の流れ」自体が時間なのだということです。
たとえば、満開の桜を見ながら手漕ぎボートに乗っている人がいたとして、その人がオールを漕いでボートを進ませながら「先週もなんやかんや色々あったけど、まあ気持ちを切り替えて来週も頑張ろう」とリフレッシュしたとしましょう。この一瞬の感情は、「先週」に対して感じていた印象と「来週」への展望が、人の持つ時間感覚が柔軟なゆえに生じた「変化率」の一部なのだと本書の観点で説明することができます。
時間の流れをつくっているのは自分自身なのだという前提に立ったとき、どのような時間効率術が考えられるのでしょうか。本書では、冒頭にQRコードで示される「時間感覚タイプテスト」で自分の傾向を把握した上で、実践的な指針を得ることができます。そこには「予期」が濃い/薄い、多い/少ない、「想起」が正しい/誤り、肯定的/否定的という指標があります。
たとえば「予期」が的確にできても、その対象が多すぎると「To do リスト」がパンク状態になるなど、物事の優先順位をつけづらくなって逆効果になってしまいます。「想起」が正しくても、それが否定的では気を病んでしまいます。前者を防ぐための「SSC(start/stop/continue)エクササイズ」が、後者を防ぐためには「ネガティブ想起改善シート」が本書では紹介されています。
現代社会で稀有、かつ、AI全盛になるであろうこれからの社会で必要になってくるのは「認知の耐性」だと鈴木氏はいいます。明確な答えをすぐ求めずに、あいまいさを放置できる能力のことです。
言わずもがな、良質な文学ほど簡単な答えを出さず、読み手に複数の解釈を許す作品が多いはずです。読み手にできるのは、ただキャラクターの思考と行動を受け入れることだけで、カミュの『異邦人』やドストエフスキーの『罪と罰』のように、ときには不快な人物の視点に立つ姿勢すら求められます。
もちろんあいまいさを放置しすぎては何の結果や実績にも繋がりませんが、うまく時間と付き合って自分の世界が深まっていくと、人生で大事なことが明白になってきて、時間を忘れさせるような「生きがい」が醸成されるということです。何かとせわしなくなる新年度のはじまり。本書を安心材料に、余裕を持って過ごしてみてはいかがでしょうか。
文=神保慶政