TBSラジオで活躍した名アナウンサー、退社後の日々。フリー転身して体当たりに活動を続ける堀井美香の初エッセイ集
更新日:2023/4/5
『生活は踊る』というラジオ番組を聴いて、アナウンサー・堀井美香氏のファンになった。メイン・パーソナリティーのジェーン・スー氏と、当時TBSの局アナだった堀井氏との会話は当意即妙で自由奔放。アドリブも多かったのだろうが、無理せず、背伸びせず、かしこまらず、ざっくばらんなトークが展開されていた。そんな堀井氏の初の著作が『一旦、退社。』(大和書房)。タイトル通り、TBSを辞してフリーになってからの話が多くを占める。
スー氏が言うように堀井氏は「体当たりタイプ」である。例えば、局アナ時代に始めた朗読のイヴェント。会社からのバックアップもなく、スポンサーもおらず、アナウンサーとしての収益を出すのは難しい。周りには無鉄砲にもほどがあると言われるが、思いついたらすぐ実行する堀井氏のフットワークは非常に軽い。
だが、そのイヴェントには障壁がある。TBSの社員である限り、特定のブランドを身に着けて宣伝したり、他社のホームページに出ることを禁止されていたりする。なんとか会社を説得して実現したイヴェントは、5回目では観覧の応募が殺到し、倍率は約100倍に。6回目ではCSで放映され、朝の情報番組では特集が組まれた。
ラジオ番組ではお茶目な一面も見せる堀井氏だが、毎回驚かされるのは、流麗で優美な朗読である。『生活は踊る』の「水音スケッチ」というコーナーの読み上げには、幾度となく心地よさを覚え、うっとりさせられた。エディット・ピアフが電話帳を読むだけで人を感動させられると言われたように……というのは大袈裟かもしれないが、堀井氏の朗読はことごとく心のツボを刺激してくれる。鍛錬を重ねるうちに「自分の発した自分の言葉に対して、今どうしてこの高さで、どうしてこの間をとったのか、ロジックで説明できるようになった」と彼女は書いている。なかなかのプロ根性ではないか。
巻末にはスー氏との対談が掲載されている。なんとなく気が合うのは早々に分かっていたけれど、『生活は踊る』以降は、「同士」と思うようになったという。ふたりのポッドキャスト、『ジェーン・スーと堀井美香の「OVER THE SUN」』での丁々発止のトークにはいつも舌を巻く。特に、フリートークが多くなり、より堀井氏の素が見えるようになってきたのが嬉しいところだ。
ツッコミ待ちらしきボケをスー氏がかますと、堀井氏はそれをまんべんなく拾っている。これぞプロ、これぞスー美香、である。実を言うと筆者もスー氏のラジオにゲスト主演したことがあるのだが、あとで録音した音声を聴いて愕然とした。よりによって、スー氏のボケをことごとくスルーしていたのだ……。あなおそろしや。素人が慣れていないことをやるとこうなってしまう、悪い意味での典型例である。
「最高に自由な、ラジオ同好会のような収録」と堀井氏が語るポッドキャストは、各所で高評価を獲得。優良なポッドキャストを応援する大規模アワード『JAPAN PODCAST AWARDS2020 supported by FALCON』で、ベストパーソナリティ賞とリスナーズチョイス賞に輝いた。同番組での堀井氏は、ちょっとした拍子でぽろっと弱みや愚痴をこぼすこともあり、彼女をより身近に感じられるエピソードが並ぶ。また、「まだ日本の企業は辞める人間にそんなに寛容ではない」など、仕事に関わる話も自然に飛び出す。ラジオを聴く習慣がない人も、彼女なりの生き方論、労働観に感化させられる一冊ではないだろうか。
文=土佐有明