中高年を迎えても「今は今で悪くない」と思うために。『老後の資金がありません』などのベストセラー作家・垣谷美雨さんによるユーモア溢れる初エッセイ集

文芸・カルチャー

公開日:2023/4/19

行きつ戻りつ死ぬまで思案中
行きつ戻りつ死ぬまで思案中』(垣谷美雨/双葉社)

 50歳も過ぎてくると、写真に写った自分の姿に「げ、歳とったな…」と思う瞬間が増えてくる。記憶力も体力も落ちてくるし、親も歳をとるし、リアルな知り合いの訃報も増えてくるし、なんとなく「死」というものまで実感を帯びてくる。この先どうしたらいいんだろう。今までは見ないでいられた心の奥の不安がもやもやと現れて、なんだか「心の迷子状態」に突入してしまいそう…。

 そんなときに、心を少し軽くしてくれるのが、人生の先輩たちの小気味よいエッセイだ。「老い」を見つめた名エッセイは数多く、歳を重ねた「自分」と世間に上手く折り合いをつけて生きる姿に深くうなずいたり、大笑いしたり、一緒に怒ったり、ちょっと反省したり…。

 そんな人生の先輩たちのエッセイワールドに、すてきな新顔が登場した。『老後の資金がありません』『あなたの人生、片づけます』『姑の遺品整理は、迷惑です』など、誰にでも訪れそうな家や個人の問題を、ユーモアとペーソス溢れる筆致で描くことで知られるベストセラー作家・垣谷美雨さんの初エッセイ『行きつ戻りつ死ぬまで思案中』(双葉社)だ。

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 1959年生まれの垣谷さんは現在63歳。本書は2020年5月号から昨年11月号まで『小説推理』(双葉社)で連載されたエッセイをまとめたもので、60代というシニアの入り口に立つことで見えてきた心のいろいろを、ユーモラスに、正直に、時にピリリと辛口に綴っている。「『お金ならいくらでもあるの』と語った彼女」「腹十三分目」「私はイタイ人間です」「友だちは百人も要らない」「くたばれ、ルッキズム!」「子ガチャ」などなど、71篇収められたエッセイのタイトルのほんの一部を見ても、垣谷さんらしいユーモア&ペーソスがなんとなく伝わってくるのではないだろうか。

 垣谷さんのエッセイは「こういう暮らしが素敵!」とか「こう生きるのがいい!」とか「アンチエイジングはこう!」とか、前のめりの生き方指南をするものではない(正直、そういうものは鬱陶しい「圧」になることもある)。あくまでも普段着目線で妙なリキみがなく、日々のちょっとした残念を思い出してくよくよしたり、次はちょっとがんばろうと思ったり、日々のニュースに「それ違うんじゃないの?」と思ったり、人付き合いの難しさを嘆いたり、逆に付き合い方のちょっとしたコツを見出したり…日々の違和感や発見、そしてささやかな幸せを綴っていくのだ。さらにさすがのベストセラー作家、「モヤモヤ」だったり「イヤ〜な感じ」だったり、表現しにくい感情もちゃんと共感度の高い言葉にしてくれて、「よくぞいってくれた!」と読むほどに心も軽くなる。

「人生はあっという間と言うけれど、走馬灯に映し出される色とりどりの絵のごとく、たくさんの喜怒哀楽があり、これまで生きてきた年月は、実は長かったのだとエッセイは教えてくれた」と、垣谷さんはあとがきに綴っている。そしてそんな垣谷さんのエッセイを読みながら、こちらも思わず自分の来し方も振り返ったり、「今は今で悪くない」と思ったり…読めば少し心が軽くなることだろう。

文=荒井理恵