ドラマ化も話題の『今夜すきやきだよ』原作漫画シリーズが“散らかしてしまう”自分を肯定してくれる心地よさ――最新作と読み比べ!
公開日:2023/4/12
ふと気がつけば部屋に物があふれている。
「汚部屋」とまではいかないが、いつのまにこんなに散らかってしまったのかわからないし、私は整理整頓が苦手なので片づけのことを考えると暗い気持ちになる。エンターテインメント作品の多くは散らかった部屋を否定的にとらえているので「私ってダメ人間やな」となおさら思ってしまう。
そんな私にとって、散らかった部屋をも明るく描写する『今夜すきやきだよ』『今夜すきやきじゃないけど』(どちらも谷口菜津子/新潮社)は画期的な漫画だった。異なる考えや価値観を持ち、いわゆる親友ではないけれどお互いの長所を生かして欠点を補いながら同居する女性ふたりが主人公の『今夜すきやきだよ』は、第26回手塚治虫文化賞を受賞し、蓮佛美沙子とトリンドル玲奈のW主演で実写ドラマ化された。
バリキャリ、家事が苦手、恋愛体質という特徴を持ったあいこ、仕事がうまくいかないことに悩み、家事が上手で恋愛感情というものがわからないともこはまさに正反対の存在なのだが、ふたりはその違いを肯定しながら同居生活を続ける。女性同士が連帯するシスターフッドを感じさせる物語だ。
そのシリーズ作品『今夜すきやきじゃないけど』では主人公が変わるが、「部屋を散らかしてしまう」「不思議な同居をしている」という前作の特徴は受け継がれている。主人公は広告代理店で働く女性たつきと、たつきの義理の弟で大学生のとらおだ。とらおがいっしょに住んでいた女性から家を追い出されてたつきの家に転がりこみ、姉弟の同居生活が始まる。
片付けられない女性は前作ではバリキャリのあいこだったが、本作ではバリキャリになりたいと思いつつも、仕事で努力が実らず悩むたつきである。とらおは夢追い人になりたいと就活をせず楽観的に生きていて、そんな弟にモヤモヤしながらもたつきは仕事が大変で弟を注意する気力もない。前作と異なり同居生活はすんなりとうまくいかないのだが、まずはたつおが少しずつ変化していく。家に住ませてくれる姉に感謝をして、部屋を少しでも片付けるようになるのだ。それを見たたつきは、「こりゃ ありがとうしか言えないな!!」と褒めるのである。そこからじょじょに同居生活はお互いにとってポジティブなものに変化するのだが、たつきの仕事に対する悩みは、どんどんとふくらんでいく。
「バリキャリになりたい」。たつきの夢は、子どものころの私の夢と重なっている。幼少期からいきいきと働いて、仕事で高い評価を得ている母がいる。そこからして筆者といっしょなのだが、「同じ女性なのに、母のようになれない」とたつきも私も苦い思いをかみしめる。
努力は成果につながる。そう信じて頑張ってきたものの、真面目であればあるほどその頑張りが自分を追い詰めてしまうのは、たつきや私だけではないだろう。
思えば前作『今夜すきやきだよ』のともこも、イラストレーターではあるが収入は少なく悩んでいた。しかしともこは最終的に努力を実らせ成功する。
しかしたつきは違った。
この社会で必要のない存在になってしまう
以前よりゴミが増えたたつきの部屋は彼女の閉塞感を表している。しかし、部屋のドアは必ず開けられるものだ。とらおはたつきの部屋に入り、姉弟はふたりで窓から外を見る。
「普通」の幸せは世間が決めるもの。だが「自分」の幸せは別のところにある。部屋だって全部をきれいにするのが「普通」は求められるが、「自分」は何が心地よいのか考えてみると、きっとラクになれる。それを発見すれば、私たちを縛り付けていた「普通」はあっけなく消えていくだろう。
たつきととらおが迎える結末は『今夜すきやきだよ』のふたりと大きく異なる。それがなにを意味しているのかを考えるだけでも価値のある漫画だ。
文=若林理央