「おそ松さん」3期決定で焼き肉パーティ――オタク女性4人のルームシェア生活を描いた日常エッセイ

文芸・カルチャー

公開日:2023/4/19

オタク女子が、4人で暮らしてみたら。
オタク女子が、4人で暮らしてみたら。』(藤谷千明/幻冬舎)

 アラフォーのオタク女性4人が、一軒家でルームシェアをしたらどうなるか――。藤谷千明『オタク女子が、4人で暮らしてみたら。』(幻冬舎)は、そんな営みの顛末が記された良書。参加メンバーを集めて、物件を決めて、一緒に暮らしてみるまでの紆余曲折が、軽妙な筆致でまとめられている。ネットスラングやオタク構文がアクセントになった文章はテンポが良く、一気呵成に読めてしまうはずだ。

 まず、住宅の内見から始める4人だが、ルームシェア可の物件はペット可のそれよりも少ないそうで、しばし難儀する。だが、目当てだった物件が決まるやいなや、必要な家具や家電を迅速に選ぶことに。4人全員が納得するものが必要条件になるが、皆は得意のネット検索を駆使してベストの商品を指定。LINEなどで頻繁にやりとりをしながら、スピーディーに合意を形成してゆく。

 難しいのが家事炊事などの割り振りだが、各々が苦手なことはしないで済むように、様々な工夫が為されている。料理なら料理を、掃除なら掃除を、得意な人が率先して行い、苦手なことは代わってもらう。義務や強制もなく、できる人が積極的にやろうというスタンスが奏功し、皆が快適な環境で暮らすことができた。

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 もうひとつ重要なのは、4人がお互いのプライヴェートに踏み込みすぎず、一定の距離感を保っていることだ。彼女らは、同居人の推しは知っていても、恋人の有無は知らない。というか、知ろうとしない。そんな絶妙な間合いがいい湯加減だったようだ。もちろん、困ったら相談することもあるだろうが、決して過干渉はしない。かといって無干渉でもない。このスタンスこそが4人のルームシェアが成功した要因だと思う。「生活は共有しても、人生は共有しない」という記述も腑に落ちる。

 ただし、4人ならではのイヴェントがないわけではない。たこやきパーティやドーナツ作り、流しそうめんなどには、4人の友達なども集まって、はしゃいで盛り上がる。4人の推しジャンルは漫画から演劇、和装、コスプレ、バンドなどバラバラだが、皆が楽しみにしていた漫画を共有費で贖うのも、この4人だからこそ成せたことだろう。

 フリーランスの女性が2人いるのだが、同居にあたって彼女らの事情も配慮されている。家にいる時間はそれぞれ違うわけで、家賃は「フリーランスで部屋にいる時間が長いほうが多く払う」と決めた。ここでも公平なシステムが採用されている。

 また、漫画やDVDを筆頭に、オタクはコレクションを多数保有しがちで、ひとり暮らしだと物理的にものを置くスペースがない。シェアハウスならリヴィングに置くという手もあるし、持ちものが誰かと被ったらひとつだけ残す。なかなか賢明で合理的な判断ではないか。

 女性同士の緩やかな連帯には、シスターフッドものや疑似家族的な物語も連想させる。坂本裕二が脚本を書いたドラマのよう、という意見も見られたが、確かにテレビドラマの『カルテット』を想起する瞬間もあった。

 親と住んだり恋人と同棲したり、居住の在り方にはヴァリエーションがあるが、どれもギクシャクしてしまう人もいる。そうすると、本書におけるシェアハウスも含めて、居住スタイルは選択肢が多ければ多いほどいいと思えてくる。

 オタ活(ことオタク活動)を人生の基盤としながらも、家賃を抑え、苦手な作業を回避することで幸福度を高めていく。これは理想的な共同体のあり方のひとつだろう。新しいコミュニティを模索するためのヒントが、本作には多数散らばっている。思いのほか実用的な側面もある本なのだ。

 ちなみに、本書に登場する4人の関係は、社会学者のマーク・グラノヴェター氏が提唱した「弱い絆(ウィーク・タイズ)」という概念と呼応する。組織の結束感や団結力を強める「強い絆」は、途中でコミュニティから脱落するとあとがない。一方、「弱い絆」は、流動的で緩やかな人間関係を複数持つのが特徴だ。鶴見済『人間関係を半分降りる 気楽なつながりの作り方』(筑摩書房)でも、その思想の一片を垣間見ることができる。

文=土佐有明