伊織もえ「賢さアピールしても結局おっぱいに目が行くので」――普段語ることのない、哲学や経営に関する本に惹かれる理由【私の愛読書】
公開日:2023/4/27
伊織もえさんはインタビューのなかで「グラビアをやっている人間は、なかなかこういう話を聞いてもらえない」と語った。
さまざまな分野で活躍する著名人にお気に入りの本を紹介してもらうインタビュー連載「私の愛読書」。今回ご登場いただくのは、コスプレイヤー・ストリーマー・グラビアアイドルの伊織もえさん。
「マンガを電子書籍含めて5,000冊所持」という伊織さんだが、今回はマンガ以外の愛読書を3冊紹介してくれた。普段なかなか語られることのない、伊織さんの一面に触れる機会になれば幸いだ。
(取材・文=金沢俊吾 撮影=金澤正平)
マンガの話をする機会は多いので
──伊織さんの愛読書をお伺いさせてください。マンガがお好きなイメージがあったのですが、今日持ってきていただいた3冊はどれも違うようですね。
伊織:はい、マンガだけで何時間でも語れるぐらい好きな作品はたくさんあるんです。でもマンガの話をする機会は多いので、今回はちょっと違う方向で選んできました。
──いろいろ考えてご用意していただけてうれしいです。
伊織:あんまりお話ししたことがない内容なので、たどたどしかったらごめんなさい。『からくりサーカス』の話とかはたくさん話せるのですが(笑)。
──多忙な毎日だと思うのですが、どういう時間帯に読書をされるのですか?
伊織:お仕事から帰ってきて『Apex Legends』をプレイして…そのあと寝る前の時間で読むことがほとんどです。「あ、今日はあの本をちょっと読みたいな」って手に取ることが多いですね。
木下龍也『あなたのための短歌集』
──ではさっそく、最初の愛読書を教えてください。
伊織:木下龍也さんの『あなたのための短歌集』です。私がパーソナリティを担当しているinterfmのラジオ番組で木下龍也さんがゲストに来てくださって、それがきっかけで本を読んだら、おもいっきりハマってしまいました。
──どういった内容の歌集なのでしょうか?
伊織:それがちょっと珍しい形式なんです。木下さんが一般の方から1万円で「お題」を受け付けて、その人のためだけに短歌を作るというプロジェクトをやっていらして。そのなかの100点が1冊にまとまっています。
──どんな短歌が印象に残っていますか?
伊織:「片想いを終わらせるために背中を押す短歌をください」「まっすぐ生きられる短歌をお願いします」とか、何かに対して行き詰まっているであろう依頼者が言葉を求めるようなものは記憶に残っています。かと思えば「鶏肉の短歌を作ってください」みたいな、ちょっとユーモアのあるお題もあって。「どうして1万円払って、鶏肉の短歌を作ってほしいと思ったんだろう」って考えちゃうんですよね(笑)。
──なるほど、お題も含めて楽しまれているわけですね。
伊織:依頼者の年齢・性別も書かれていないので、「どんな人なんだろう」「どういう気持ちで木下さんに送ったんだろう」って、とにかく想像する余地がたくさんあるんです。歌って、余白がたくさんあるものが好きなんですが、この本はとんでもなくそれが多いんです。
──公開される前提のものではなく、元々は木下さんと依頼者の間だけのやり取りだったのでしょうか?
伊織:はい、だからすごく個人的な「依頼者のための短歌」だったはずなのに、まるで私のために書いてくれたような言葉が並んでるんですよ。タイトルの『あなたのために』は伊織もえのことなんじゃないかと思って(笑)。もう読み進められないぐらい泣いてしまって、1日1つ読むのがやっとでした。
──自分が依頼したかのような。
伊織:依頼者は1万円という決して安くない金額を払って短歌を作ってもらっているわけで、覗き見している申し訳なさもちょっとありつつ、「1万円を払って、もらえた言葉の重みは、この人にとって一体どのぐらいだったんだろう」と想像するのもやっぱりおもしろいんです。
──伊織さんもファンの方から作品を買ってもらったりされる人だからこそ、「1万円」という金額の重みから色々と想像が膨らむのかなと思いました。
伊織:ああ、それはすごくあると思います。私の写真集って2,000〜3,000円ぐらいなんですけど、そのお金があれば映画が1本見れちゃうじゃないですか。だから、自分の写真集にどれだけの価値があって、どのくらいの人がどれだけ満足してくれるのかをすごく考えるんです。そうですね、だから1万円を払って短歌を依頼する人たちの想いを考えてしまうし、その想いに応えようとする木下さんの言葉も、やっぱり感動してしまうんです。
佐藤雅彦『プチ哲学』
──では、2冊目を教えてください。
伊織:「だんご3兄弟」や「バザールでござーる」「ドンタコス」のCMを手がけた佐藤雅彦さんが書いた『プチ哲学』です。入門的な哲学の楽しみかたを、わかりやすいエピソードとかわいいイラストで教えてくれる本なんです。
──哲学には以前から興味があったのですか?
伊織:いえ、これはもう完全に佐藤雅彦さんが原案の『I.Q』というPlayStationのゲームが好きだったのがきっかけです。一般的な哲学書は難しくてなかなか読めないんですけど、これは『プチ哲学』なので、私にもわかりやすいんです。
──この本で知った哲学の、どんなところがおもしろいと感じましたか?
伊織:社会人生活をしていると、1日のルーティンや人間関係に突然の変化ってほとんどないじゃないですか。そのなかで物事の捉えかたも固まりがちだと思うのですが、この本は「こういう考えかたもあるんだよ」と教えてくれているような気がするんです。私の理解が正しいのか分からないけれど、自分のなかにストンと落ちればいいやと思って読んでいます。
──おすすめのエピソードがあればぜひ教えてください。
伊織:二匹の小魚の話がすごく好きなので、紹介しますね。海で暮らす二匹の愛し合っている魚がいて、人間に捕まって狭い水槽に入れられてしまうんです。客観的に見るとかわいそうだけど、本人たちはずっと一緒に暮らせるから幸せに思っている、という話です。環境が変わっても、本人のなかに価値の変わらない大切なものがあればいいんだって。
──ご自身と照らし合わせて感じるものがあったのですね。
伊織:はい、私って元々気が強いほうでもなく、他人の顔色を見て生きてきました。そんな私に、この話が教えてくれたのは「自分のなかにひとつ好きなものがあれば、それを信じて大切にしていけばいいんだ」ということなんです。そう思うとちょっとだけ生きやすくなったというか、人から冷たい態度を取られても「まあ、私にはこれがあるから大丈夫」と思えるようになったんです。
──それはすごく大きな影響のように思えます。
伊織:でも、読むことで何かが劇的に変わったわけでもないんです。「こんな考えかたもアリだよね」って気持ちの添え木になってくれたような感覚で触れています。
──添え木、ですか。
伊織:私が持ってきた3冊って「この本で人生救われました」「性格が変わりました」みたいなものではなくて。もともとの暮らしとか自分の性格があって、そこにちょっとした手助けというか、新しい気持ちになれるきっかけになるような、生活に寄り添ってくれる本だと思っています。
──この連載で糸井重里さんも「読書はもっと気軽なものでいいんじゃないか」という話をされていました。
伊織:私にとっての読書もそんなイメージです。人生を変える本に出会えた人は、すごく幸福だと思うんですよ。でも、きっとそうじゃない人がほとんどじゃないですか。そういう人たちにとって、明日から気持ちがちょっと楽になるとか「あの上司はムカつくけど、明日から気分を変えて会社に行ってみるか」と思えればいいなと。『プチ哲学』も、まさにそういう本かなと思っています。
松下幸之助『道をひらく』
──3冊目をお願いします。
伊織:松下幸之助さんの『道をひらく』です。パナソニックグループ創業者である松下幸之助さんのエッセイ集で……すみません、累計550万部とか読まれている本をいまさら私が紹介するまでもないと思うのですが、誰にとっても1ページは刺さる部分があって、絶対に買って損はない本だと思って持ってきました。
──伊織さんにとって、どのあたりが刺さるポイントでしたか?
伊織:これは仕事モードになっている自分を引き締めてくれる本なんです。仕事に対する気持ちの整理の仕方を教えてくれるというか。あとは、ファンについて書いている箇所もあって。そういうところを自分の仕事に置き換えながら読んでいます。
──50年以上前に書かれた本ですが、いまの伊織さんのお仕事にも通ずるものがあると。
伊織:やっぱり本って先人の知恵がいっぱい詰まってるものだと思うんです。私なんて、この本に比べたらまだ赤ちゃんみたいなものなので。学校だと仕事に対するストレスの対処法とか、気持ちの整理の仕方とか教えてくれないじゃないですか(笑)。そういうときに本屋さんで先生を見つけに行くみたいな感じで、先人の知恵を学べるのが読書のいいところだと思っています。
──なるほど、ありがとうございます。今日お話を伺っていて、とても丁寧な本の読みかたをされていると思いました。
伊織:ほんとうですか?やったー!
──普段の伊織さんのイメージとはまったく違う一面が見られたと思うのですが、どうしてこれまで表に出してこなかったのでしょうか?
伊織:それは……特に聞かれなかったから(笑)。
──(笑)
伊織:でも、グラビアをやっている人間は、なかなかこういう話を聞いてもらえないと思っていて。グラビアアイドルが賢さをアピールしても、心から「賢い人だ」とは思われないじゃないですか。その人がどんなにいい大学を出ていても、みんな結局おっぱいにまず目がいきますよね。
──なるほど。
伊織:でも今日はせっかくこうやってインタビューしていただいたので、普段あんまりできないお話ができました。