【『このミス』大賞文庫・グランプリ受賞作】二転三転四転五転!人の狂気を炙り出す大どんでん返しミステリー

文芸・カルチャー

公開日:2023/4/24

レモンと殺人鬼(宝島社文庫)
レモンと殺人鬼(宝島社文庫)』(くわがきあゆ/宝島社)

 ミステリーの醍醐味といえば、どんでん返し。巧みに張り巡らされた伏線。背筋を凍らせるようなスリルとドキドキ。「どの人物が犯人だろうか」と推理しながら読み進め、予想外の展開に度肝を抜かれつつも、「そう来たか」と思わず膝を打つ。そんな瞬間を求めて、ミステリーを読み漁っているような気がする。

レモンと殺人鬼(宝島社文庫)』(くわがきあゆ/宝島社)は、そんなミステリーを数多く読んできたミステリー好きにこそ、読んでほしい1冊。第21回『このミステリーがすごい!』大賞・文庫グランプリ受賞作であるこの作品は、読者の想像を超える展開が次々と巻き起こる大どんでん返しミステリーだ。帯に書かれた「二転三転四転五転の展開」との言葉は、決して大げさではない。物語のあちらこちらに密かに仕掛けられていた爆弾が、クライマックスにかけて次々爆発し、火柱をあげる。あまりの展開に呆然。あらゆる傑作を読んできたミステリー好きでも驚愕させられるに違いないだろう。

 主人公は、大学職員の美桜。10年前、洋食屋を営む父を通り魔に殺され、母親も失踪してしまった彼女は、唯一の肉親・妹の妃奈とともにその不遇を嘆きながら生きてきた。だが、ある時、妃奈が何者かに惨殺される。さらに、被害者であるはずの妃奈には保険金殺人の嫌疑がかけられ、報道は過熱。世の中には、肝心の殺人犯よりも、妃奈を疑い、非難する風潮さえ出来上がりつつあった。妃奈は、本当にそんなことをしたのだろうか。美桜は妹の潔白を証明すべく、独自に行動を起こし始める。

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 この物語の登場人物は全員が胡乱。どの人物が犯人であってもおかしくない。中学時代から美桜の容姿を馬鹿にし、大学構内で再会しても彼女を嘲笑し続ける元同級生。美桜に協力を申し出たジャーナリスト志望の大学生。美桜に大学内でのボランティア活動を手伝ってほしいという大学院生。かつて妃奈と交際し、自らも保険金詐欺に遭いかけたと主張する若き経営者と、その経営者をどんな手を使ってでも支え続ける側近。——怪しい人物が次々と美桜の前に現れ、美桜を、そして、読者を翻弄していく。悪意に満ちた人間の姿はそれだけで腹立たしいが、かといって、美桜に寄り添おうとする人間も何だか気味悪い。違和感の正体を掴めないまま、歯の奥にモノが挟まったような収まりの悪さを感じたまま読み進めていくと、次第に、彼らの心の歪みが明らかになっていく。

 それは、亡き妹の無実を証明したいと願う美桜でさえ例外ではない。美桜は自らが「虐げられる側の人間」であることを自覚し、強い劣等感に苛まれている。何か悪いことをしたわけでもないし、毎日を必死に生きているが、何をやっても上手くいかない。父親のみならず、妹を失った絶望は計り知れないが、思うようにいかない日々に鬱屈を感じる姿には、共感さえ覚える。だが、その印象はどんどん変化していく。彼女も心が歪んだ人間のひとり。美桜は何も妹のためだけに行動しているわけではない。いびつな感情を胸に秘めたまま動いているのだ。

 この物語には狂気を抱えた人間しか出てこない。それぞれの狂気が発露した瞬間、思わず絶句。放心。おまけに、彼らの行動原理を少しも理解できないかといえば、自分の奥底で何かが共鳴する。自分の心にも、この物語の登場人物たちのような、常軌を逸した部分があるのだろう。そして、それはどんな人にとっても例外ではないはずだ。この本を読んだ後では、周囲の人を見る目が変わってしまいそう。「二転三転四転五転」の怒涛のどんでん返しと、驚愕の結末。読み始めたら引き返せない、戦慄のミステリーをあなたも是非手にとってほしい。

文=アサトーミナミ