呪われたゲームが巻き起こす死の連鎖。哀切な青春ホラーミステリー『きみはサイコロを振らない』新名智インタビュー

文芸・カルチャー

公開日:2023/5/8

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2023年6月号からの転載になります。

新名智さん

 個性ある書き手が次々にデビューし、盛り上がりを見せている国内のホラー小説シーン。新名智さんもホラー小説の新しい波を支えるひとりだ。“人が死ぬ怪談”にまつわる謎を描いたデビュー作『虚魚』と、失われた物語を扱った『あさとほ』。壮大深遠なテーマを瑞々しいテイストで描いた2作は、ホラーミステリーの新たな可能性を示してみせた。

 そんな新名さんが第3長編『きみはサイコロを振らない』で取りあげたのは“呪いのゲーム”の都市伝説。プレイすると死ぬというゲームをめぐって、不気味な事件が展開する。

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取材・文=朝宮運河 写真=鈴木慶子

「もともとゲーム好きだったこともあり、ゲームとホラーを絡めた物語を書いてみようと思いました。ドアを3回ノックすれば現れるトイレの花子さんのように、怪談や都市伝説にはルールが決まっているものが多い。ホラーとゲームは相性がいいと思うんです」

 主人公の志崎晴は、長野県の湖畔の町に住む高校生。いつもストップウォッチを持ち歩いている彼は、ボタンを押して出た数字で物事を決めている。人生はしょせんゲーム、というのが彼の信条なのだ。

「ゲームといってもテレビゲームだけでなく、将棋やチェス、鬼ごっこのような遊びも含まれます。物事の捉え方によって、どんなものでもゲームになるんですよ。晴はある過去の経験から、人生をゲームと見なすようになった。ストップウォッチの数字に従って生きるのも、彼にとってはひとつのゲームなんです」

物語の主軸となる少年ふたりの切ない関係性

 晴は同じ高校に通う霧江莉久から、呪いのゲーム探しに誘われる。案内されて訪ねた一軒家で彼を待っていたのは、莉久の唯一の友人で、大学院で呪いを研究している雨森葉月と、大量のゲームソフトやゲーム機だった。葉月によればこの中に、人の命を奪うゲームが隠れているという。晴も、ふたりにつきあって新旧のゲームをプレイすることになる。

「呪いのゲームをあんなに雑に探していいのかという気もしますが(笑)、考えてみるとデビュー作の『虚魚』で主人公が怪談探しを始めるシーンも同様でした。明るい日常的な場面から始まって、それが徐々に不気味なものに覆われていく、という書き方が好きなのかもしれません」

 莉久もある理由から人前で声を発することがなく、晴とのやり取りはすべてスマホのメッセージアプリだ。チャイナドレスを着て明るく振る舞っている葉月も、どうやら複雑な事情を抱えているらしい。

「3人は『少年探偵団』や、ドラマ『ストレンジャー・シングス』のイメージです。はみ出し者のグループが、大きな事件に巻き込まれるという物語にしたいと思っていました。個人的に気に入っているキャラクターは莉久。ああいう何を考えているのか分からない女の子が好きなので、書いていて楽しかったですね」

 そして晴にも誰にも明かしていない、深い心の傷があった。彼には中学時代、雪広というゲームに詳しい友人がいたが、晴からその関係を断ち切ってしまう。そして雪の夜、雪広は橋から湖に落ちて死亡したのだ。晴と雪広。ゲームを介して親しくなり、やがて永遠に別れることになったふたりの関係がこの物語の軸となる。

「『虚魚』は女性ふたりが冒険をする話で、これは百合小説じゃないかという感想をいただきました。だったら今度はBLをやってみようという思いがあって、男子ふたりの関係性を描くことにしたんです。男女問わずふたりの人物の感情が描かれ、関係性が変化していく展開が自分は好きなんだろうと思います」

 これといった収穫もなく終わった呪いのゲーム探し。しかしその日から、晴の視界に妙なものが現れるようになる。通りに立つ黒い影。学校の屋上から飛び降りたもの。ホラーのツボを押さえた巧みな怪異描写が、物語を暗く覆っていく。

「怖いシーンを書く時に意識しているのは、実話怪談的な表現ですね。取材をもとにした怪談を読んでいると、日常の中に突然わけの分からないものが現れる、という話が多い。この作品にもそうした不条理で、リアルな手触りの恐怖を意識して取り入れています」

怪異の原因が葉月の家で遊んだゲームだとしても、同じタイトルは世界中で販売されているはず。ではなぜ晴や、ゲームの元の持ち主であるシュウという男性だけが呪われることになったのか。そしてなぜ晴は、今のところ命を落とさずに済んでいるのか。不可解な呪いのルールをめぐって、議論が重ねられる。

「ホラー映画を観ていていつも思うんですが、もし呪いが実在するなら世界中にそれが広まっていないとおかしい。幽霊が本当にいるなら、もっと大勢が目撃しているはずですよね。そういう矛盾点が気になる質なので、ゲームの呪いが発動する条件をしっかりと設定しました」

 こうした理知的なスタンスは、晴たち登場人物にも共通している。彼らは決して感情的にならず、頭と足を使って事件の真相に迫ろうとするのだ。その過程はミステリーとしても読み応えがある。

「確かに僕のキャラクターはみんな泰然としていますよね。死にそうな目に遭っているのにジタバタしないというか(笑)。ミステリーは学生時代から大好きで、ずっと読み続けてきました。ホラーやSFも好きですが、一番愛着があるジャンルはミステリーです。自分の作品でも必ずミステリー的な仕掛けは入れるようにしていて、今回もある些細な要素がクライマックスの伏線になっている、という展開になっています」

大昔から人はゲームを求め続けてきた

 次第に明らかになる死の連鎖。神社から見つかった古代のゲーム盤。いくつもの手がかりは、晴たちを“ゲームとは何か”という大きな問いへと誘っていく。こうしたスケールの大きさは新名ホラーの真骨頂だ。

「ゲームって何だろうという問いの答えを、書きながら探っていきました。その過程で日本神話にも神様同士による賭けのような一種のゲームが登場することに思い至りました。なぜこうした場面が神話に登場するのか。僕たちは大昔から、世の中を動かしているシステムに触れたい、という願いがあるのだと思います。その願いの表れが、占いだったりギャンブルだったりゲームなのではないでしょうか」

 呪いを解除しようと奮闘する過程で、晴は過去にも向き合うことになる。なぜ雪広は死んだのか。彼は最後に何を伝えたかったのか。美しいクライマックスで真相が明かされ、晴の人生にも一条の光が差し込む。

「雪広は存在感がどこか希薄で、誰もが自分の思いを投影してしまうキャラクター。中学時代の晴にとっても、ある意味都合のいい存在でしかなかった。それが過去に向き合うことで、大きく変化する。クライマックスに雪を降らせることは早くから決めていましたが、そのシーンにどういう意味を持たせるかはずいぶん迷いました。最終的にはこれぞ、という決着をつけられたと思います」

 呪いのゲームをめぐる探索は、やがて晴たちを世界の深淵へと誘っていく。この哀切な青春ホラーミステリーが胸を打つのは、私たちもまた不確かな世界で迷い続ける、ゲームプレイヤーだからに他ならない。

「人は世界が無意味であることに耐えられず、アトランダムな出来事にも一貫した物語を見いだそうとする。僕が『虚魚』以来ずっと書き続けてきたのは、そういう人の心の働きのような気がします。晴と雪広の関係性の変化とともに、そうしたテーマについても思いを馳せてもらえると嬉しいです」

新名智
にいな・さとし●1992年長野県生まれ。2021年『虚魚』で第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉を受賞してデビュー。22年には第2作『あさとほ』を発表。ミステリー的な仕掛けと深いテーマ性をあわせもった新鮮な作風で、ホラー小説の旗手として注目を集めている。