全編を彩る美しい挿絵とともに、20代の「普通のウクライナ人」女性が語る祖国への愛
公開日:2023/4/27
日本で暮らすごく一般的な人々が「ウクライナ」という言葉から連想する事柄が変化し、小さな子どもでもウクライナという国名を知るようになってから、1年以上が経ちました。
縁が重なって日本の読者に本書『サーシャ、ウクライナの話を聞かせて』(オレクサンドラ・スクヴォルツォヴァ、西田孝広/雷鳥社)を届けることになったのが、ウクライナ東部の工業都市・ドニプロから逃れてドイツを経て、現在はアメリカ・テキサス州に暮らす女性のオレクサンドラ・スクヴォルツォヴァさん。
彼女の手助けをしたのは、友人で東欧と北欧に造詣が深い美術家の西田孝広さん。ポップアートのような表紙画と挿絵の制作も担当されています。
本書は、大学で建築を修めて働き出したところで突如として戦火に巻き込まれウクライナから逃れることになったサーシャさん(「オレクサンドラさん」の愛称)が、56のトピックで母国をまとめた一冊です。
現在、世界中のあらゆるメディアがウクライナを注視していますが、ロシアによる侵攻前は、ウクライナの話など聞いたこともない人がほとんどでした。祖国を去った私には、そんな「知られざる国」の物語、人生や夢、私たちが何を食べているのか、そのすべてを伝えることが自分の義務のように感じられ筆を執りました。
ウクライナの国旗を思い浮かべることができるでしょうか。青と黄色の2色で、上に青、下に黄色というシンプルなレイアウトです。ここまでは、2021年以前より知っている人が格段に多くなったのではと思います。
では、その色にはどのような意味合いがこめられているのでしょうか。諸説あるものの、青は空、黄色は小麦畑を象徴すると考えられることが多いそうです。実際、本書でも「欧州の穀倉地帯」というタイトルでひとつのトピックが成されていますが、EUにとってはブラジル、イギリス、アメリカについでウクライナが農産物輸入元になっていたそうです。2021年におけるEUへの輸出は、とうもろこし36億トン、小麦21億トン、大麦7億トン、肉4億トンが上位を占めていたといいます。これが「欧州のパンかご」ともウクライナが呼ばれていた所以です。
本書にはもちろん、戦争や政治、歴史のことについても書かれていますが、「女性と美意識」「理想の男性像」など、ウクライナ人の友達がいたりホームステイしたりしないと聞けないようなことや、家族、食生活、ペット、医療のことなど、暮らしてみて分かることが「普通の20代女性」の視点で描かれています。
たとえば、偶数というのは人生サイクルの完結(つまり「死」)を象徴するので、花を偶数本贈るのはご法度で、子どもでもそれは知っているということ。日本のアニメやマンガ、文学に親しみを持っている人が、サーシャさん含め少なからずいることなど。トピックは多岐にわたりますが、「国民性」という項目では、こんなことが語られています。
ウクライナでは、精神分析医に通う人はあまりいません。親しい人たちを信頼して、友達はもちろん、ネイリストや美容師、マッサージ師などにも自分の体験や悩みを打ち明けるからです。私は外国の方から、「あなたは、何でも話すのね」とめずらしがられることがありますが、私の国では普通のことなのです。
もちろん、戦争の影響によって今では気を病んでしまう人が激増しているといいます。しばらく気軽にウクライナに行くことは難しいですが、読者の方々のお近くにウクライナから逃れてきた方がいる場合や、子どもたちに悲観的すぎないウクライナのことを伝えたい方に、本書は特におすすめです。
文=神保慶政