トンデモ精神科医・伊良部が帰ってきた! 直木賞を受賞した人気シリーズの最新作が17年の沈黙を破り登場!

文芸・カルチャー

公開日:2023/5/11

コメンテーター
コメンテーター』(奥田英朗/文藝春秋)

 2023年5月11日に、奥田英朗氏の最新刊『コメンテーター』(文藝春秋)が刊行された。表紙を見た途端に「みんなーっ!おっまたせー!」――そんな素っ頓狂な声が脳内に響いた人もいるのではないだろうか。そう、見覚えのある逆さまの赤ちゃんが表紙に描かれたこの本は、あのトンデモ精神科医・伊良部一郎シリーズの最新作である。

 精神科医・伊良部一郎シリーズといえば、2002年に発表された第1作『イン・ザ・プール』が直木賞候補作に、続く第2作『空中ブランコ』(2004年)で直木賞を受賞した超人気シリーズ。異色すぎる精神科医・伊良部一郎の突飛な活躍を描いたこのシリーズは、ドラマ化や映画化、舞台化、アニメ化とさまざまにメディアミックスされ、書籍の売り上げもシリーズ累計290万部超となっている。残念ながら2006年の第3作『町長選挙』でシリーズがストップしていたため、実に17年ぶりの登場だ。「待ってました!」と大興奮のファンの方も多いことだろう。

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 本作もこれまで同様に連作短編集となっており、収められているのは全部で5編。表題作でもある第1話「コメンテーター」は、低視聴率にあえぐワイドショーのスタッフ・畑山圭介が主人公だ。コロナ特集で視聴率を稼ぐため「コメントしてくれる美人医師を探せ」と厳命された圭介は、母校のつてで人材を探すものの、なぜか謎の精神科医・伊良部に行き着いてしまう。不安ながらも伊良部をオンライン出演させたところ、案の定、伊良部は放送事故寸前のコメントを連発し、ついでに謎の美形看護師・マユミまで画面に登場する始末。すっかり頭を抱えた圭介だったが、なんと「ネット民」が大喜びする事態に発展し……!?

 ちなみにこのシリーズでは「主人公が患者として伊良部に振り回される」のが王道展開だが、この第1話では主人公は「患者」ではなく、伊良部のトンデモなさがお茶の間に知れわたるという大事件を描く(とはいえ圭介も十分、伊良部に振り回されるのだが)。おそらくこのシリーズを初めて読む読者は、物語中のお茶の間と同様に「この先生、大丈夫!?」と伊良部の魅力に引きずりこまれるに違いない。一方、17年ぶりの読者には「伊良部先生、相変わらずヤバイ……」と一気に記憶が蘇ることだろう。

 本書に登場する患者たちは、怒りをためこんでパニック障害の発作を起こしてしまうオフィス機器メーカー勤務の中年男性(「ラジオ体操第2」)、不安でパソコンの前から片時も離れられなくなってしまった30代のデイトレーダー(「うっかり億万長者」)。悪化する一方の広場恐怖症で身動きが取れなくなってしまった若き女性ピアニスト(「ピアノ・レッスン」)、コロナ禍に山形から上京したものの、友人もできないまま社交不安障害を発症してしまった大学3年生男子(「パレード」)と世代も症状もさまざま。そしてもちろん、苦しむ彼らの前に登場するのは我らが伊良部先生&看護師・マユミだ!

 正直、伊良部&マユミは患者で遊んでいるだけのようにも見えるのだが、伊良部曰く、どれも立派な「治療」。実際、その型破りなトンデモ行為に翻弄されながら、それでもしっかり患者たちの心は軽くなっていく。その姿はなんだか痛快で、読んでいるこちらの心まで軽くなっていく。伊良部の大好きな「マユミの特大注射」のごとく、コロナ明けの心の疲労回復に効き目抜群の一冊だ。

文=荒井理恵