もし隣人が未解決殺人事件の犯人だったら? 読後、タイトルの意味に震える一気読み必至の心理サスペンス!

文芸・カルチャー

公開日:2023/5/3

だからダスティンは死んだ
だからダスティンは死んだ』(ピーター・スワンソン:著、務台夏子:訳/東京創元社)

 駅や交番の前などを通ると、指名手配犯のポスターを見かけることがある。もっとも、まさか自分の身近なところにその犯人が潜んでいるなどとは思いもよらないのではないだろうか。

 しかし、もし身近な人物が犯人だと気づいてしまったら? もし隣の家の住人が殺人事件の犯人だとしたら? しかも、気づいているのは自分だけで、家族も警察も誰も信じてくれないとしたら?

『このミステリーがすごい! 2019年版』海外編第2位に選ばれた『そしてミランダを殺す』(東京創元社)などで知られるピーター・スワンソン氏の『だからダスティンは死んだ』(東京創元社)は、登場人物と殺人犯の間に張りめぐらされた緊張の糸が最後まで読者を絡めて離さない、一気読み必至の傑作サスペンスだ。

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 夫のロイドと共に、ボストン郊外に越してきた版画家のヘン。引っ越してすぐ、隣に住むマシューとマイラ夫妻の家に食事に招かれる。マシューの書斎に案内されたヘンは、ある物を発見する。それは、数年前に男子高校生・ダスティンが何者かの手によって殺害された際、犯人が部屋から持ち去ったとされるトロフィーだった。

 さらに、ヘンはマシューがダスティンの通っていた私立高校で教師をしていることや、再び隣家を訪れた時には件のトロフィーが姿を消していたことから、マシューがダスティン殺害の犯人ではないかとの強い疑念を持ち、調査を開始する。

 ヘンは独自の調査を続け、マシューが犯人だと確信を持ったところで警察に連絡。ところが、警察はなかなか彼女の証言を信用しない。夫のロイドにしても同じだ。ヘンは、彼女が双極性障害を患っていること、過去にとある事件を起こしていることから“信用できない目撃者”扱いをされてしまうのだ。

 全42章からなる本作は、章ごとにヘンとマシュー、そして重要な登場人物の視点が入れ替わる。その手法に読者は惑わされ、誰が本当のことを言っているのか、何が真実なのかを突き止めたくて、ページを繰る手が止まらなくなるのだ。

 本作は、名探偵や敏腕刑事が鮮やかにトリックを暴き、犯人を追い詰めていくタイプのミステリーではない。どちらかというと警察の動きは背景にすぎず、それよりも、ヘンとマシューの探り合い、心理描写、そして次々と浮き彫りになる彼らと彼らを取り巻く人々の過去が読者を翻弄する。

 読み進めるうちにゾワゾワとした不安感が増していくが、終盤では、それまでの謎と伏線が見事に回収される。謎が全て明かされた後に読み返せば、作者がいかにさりげなく自然な形でヒントを忍ばせていたか、その巧みさに驚かされるだろう。

 さらに、忘れてはいけない最も重要な仕掛けが『だからダスティンは死んだ』という邦題と、『Before She Knew Him(彼女が彼を知る前に)』という原題について。本書を読み終えて初めて、事の発端から結末までを全て内包したこの秀逸なタイトルに膝を打つ。

 ぜひ、本書を最後まで読んで「そういう意味だったのか!」と目の前が開けるようなカタルシスを味わってほしい。

文=林亮子