東野圭吾「ラプラスの魔女」シリーズ最新刊!AIによる監視システムやDNA捜査が強化された近未来の日本、人間はAIに勝てるのか⁉
更新日:2023/5/12
「自分はAIに勝てるのだろうか」と考えても仕方がないことを考えては、「勝てるわけないな」と勝手に弱気な気持ちになる。膨大なデータを飲み込んだAIは、私たち人間にとって、希望であり、脅威でもある。AIによって私たちの暮らしは間違いなく便利になるが、「仕事が奪われてしまうのではないか」などと何となく不安を感じているという人は少なくないだろう。
そんなAIの発達に複雑な思いを抱えている人にこそ読んでほしいのが、ベストセラー作家・東野圭吾氏の著作100作目のミステリー『魔女と過ごした七日間』(東野圭吾/KADOKAWA)だ。このミステリーで描かれるのは、AIによる監視システムやDNA捜査が強化された近未来の日本。父親を亡くした少年とともに、冒険の旅に繰り出せば、彼と一緒に自分もひとまわり成長したような気持ちになる。「人間だって捨てたものではない」「AIなどに負けてたまるか」と、強くそう思うのだ。
主人公は、中学生の月沢陸真。幼い頃に母親を亡くした彼は、父親・克司と二人暮らしだ。克司は警備保障会社で働いているが、監視カメラによるAIを使った顔認証システムが広く使われるようになる前は、指名手配犯捜しのスペシャリスト・見当たり捜査官として活躍していたらしい。「どんなに科学が進歩しても、優秀な見当たり捜査員の勘はAIでは再現できない。そのことは俺が一番よく知っている」。そんなことをよく口にしていた克司は、実際にAIでは見つけることができなかった指名手配犯を見つけ出したことがあるという。だが、ある時、克司は何者かに殺されてしまった。最近も、警察官時代に使っていたノートを眺めていたようだが、今回の事件はそれと関係があるのだろうか。同級生の純也とともに、父親のことについて調べていた陸真は、不思議な女性・円華と知り合う。「あたしなりに推理する。その気があるなら、ついてきて」という彼女に導かれ、2人の少年は事件の謎を追い始めるのだ。
このミステリーは、累計200万部を超える「ラプラスの魔女」シリーズの最新作に当たるが、円華のことをすでに知っている人はもちろんのこと、この作品で初めて円華と出会ったという人も、ひとたびこの本をめくれば、彼女の虜になってしまうことだろう。雨が降るタイミングやルーレットで出る数字を正確に言い当てる円華。彼女は一体何者なのだろうか。
「なんでわかるか?あたしだからわかる。そうとしかいえない。もしそれでも満足できないなら、こう答えておく。あたしは魔女だから。それでいい?」
彼女のもつ不思議な力や、頭の良さはもちろんのこと、気が強くて、一見冷たそうなのに、陸真のために力を尽くす、その優しさにも惹きつけられてしまう。警察を出し抜いて新しい証拠を見つけ出す彼女の姿は爽快。それに、世の中の真理を突いた、円華の一つ一つの言葉が素晴らしい。
「人には無限の可能性がある。君の限界を決めるのは君じゃない」
そんな力強い言葉に、少年たち同様、大人だって思わず頷かされてしまうだろう。
円華たちが事件について調べを進める一方で、捜査を進めるのが、刑事の脇坂だ。彼は、昨今、警察がDNA分析のもととなる“D資料”から導き出す情報があまりにも多いことを不審に思っている。現場から証拠となるDNAが採集できるのは分かるが、それが誰のDNAなのか、犯罪歴のない一般人との照合があまりにも容易く進んでいるように感じているのだ。今回の事件でも、彼は上からの指示を受け、D資料をもとに聞き込みを進めていくが、調べていくうちに、事件の背後には警察を巻き込む巨大な闇があることが分かり……。DNAやAIを使った捜査。未来を描いているはずなのに、すぐに現実化しそうな捜査方法にあっと驚かされる。事件の真相はどこにあるのか。警察は何を隠しているのか。手に汗握る展開が続き、次第に事件の全容が明らかになっていく。
「頼るのはAIなんかじゃない。自分の頭だ」
終盤に登場したそんな言葉が、ジーンと心に沁み渡った。人間にはきっと未知の可能性がある。AIでは再現できない能力だってあるに違いない。AIがどんどん進化していく今の時代だからこそ、私たちがすべきことは何か。この本はそれを教えてくれるのだ。ひと夏の冒険を経験したような爽やかさを感じさせられるこの物語は、これからの時代を生きるすべての人に読んでほしい。新しい技術を目の前に、弱気になりがちな私たちの背中を、この本はそっと押してくれるだろう。
文=アサトーミナミ