AIでは予測できないヒットが世の中を動かす/【対談】鈴木おさむ×池田有来

文芸・カルチャー

公開日:2023/5/15

鈴木おさむさん、池田有来さん

『硫黄島からの手紙』『ルパン三世』ほか、数々の映画作品に携わられてきたプロデューサー・池田有来さんが小説家デビュー。同じく映像の世界で活躍し、小説も執筆される放送作家・鈴木おさむさんとの対談が、ダ・ヴィンチ6月号で実現しました。今回、本誌には収まりきらなかったトークをWEBにてまるっと大公開。長年ヒット作を生み出し続けるお二人に聞く、ヒットする・しないの違いとは? “面白い”って何ですか?

(取材・文=冨田ユウリ 撮影=山口宏之)

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ヒットする作品には“法則”がある


――よろしくお願いします。早速ですが、今回池田さんが書かれた小説『ベルベット・イースター』は映像化、大ヒットを狙っていらっしゃるのでしょうか?

池田有来さん(以下、池田) すごい質問ですね(笑)。この作品に関しては、純粋に“小説”として書きました。ヒットを狙うと自由に書けなくなるんですよ。ヒットの論理に引っ張られちゃうというか。

鈴木おさむさん(以下、鈴木) めっちゃわかります! 僕も小説を書くと「映像化するんですか」ってよく聞かれるんです。でも、最初から映像化、ヒットさせることを狙ってしまうと、小説としてつまらなくなっちゃう気がしますね。映像化させる前提だったら、自分で小説を書きたくはないな。僕以外の誰かが書いた作品をプロデュースするほうがいいです。


――どうしてヒットを狙うと、小説を自由に書けないのでしょう?

池田 ヒットってある程度“法則”があるんです。映画でいうと二つ。一つ目が「タグライン」。『エルマリアッチ』という、超低予算にも関わらず大ヒットした作品、ご存知ですか? 「ギターケースを持つ二人の男がいた。一人のギターケースにはギター、彼は流し。もう一人のケースにはマシンガン、彼は殺し屋。物語は酒場で二人がギターケースを取り違えるところから始まる」。これがタグライン。映画の雰囲気と設定を説明したもので、観に行きたいな、と思わせたら勝ちです。「短い言葉で説明しやすい作品」といえるかもしれません。二つ目は「カタルシス」。主人公たちが最初に直面する誰もが無理だと思うような困難を彼らが必死になって最後に乗り越える作品を観ると、心がすっきりしますよね。タグラインとカタルシス、二つの要素がぴったり揃ったものを作れると、映画としてヒットの確率は非常に高まる。ですが、今回の『ベルベット・イースター』は映像化のヒットの法則のことを一切考えず、頭に浮かんだ自分が面白いと思う映画の物語を小説という技法でとにかく自由に表現してみました。

鈴木 僕の場合は小説を書くとき、ヒットさせたいという気持ちよりも、伝えたいテーマへの思いが強いんです。『僕の種がない』もそういう作品。男性不妊について、世の中の考え方が少しでも変わるといいなと思って書きました。ヒットの法則に当てはめようとしちゃうと、伝えたいメッセージだけではなくなってしまいますね。

池田 わかります。ただ、僕はヒット作を出したいという気持ちもやっぱりあって。実は今回の作品は、三部作のうちの第一部にしようと思っているんです。もう第二部のプロットはできていて、そっちは映画化してヒットを狙っていこうと思っている。映画がヒットした時にそれを見た人が、その背景にはこんな感動的な物語があったんだと今回の第一部改めて読み返す感じ。完全に映画マンの頭になっています(笑)。楽しみにしていてください。

AIでは予測できないヒットが世の中を動かす


――法則に当てはまる作品は、ヒット間違いなし、ということなのでしょうか?

鈴木 いや、そういうわけではないんです(笑)。ヒットするだろうと思って大コケする作品は山ほどありますし、逆も然り。誰もがノーマークだった作品が、世の中に刺さることってよくありますよね。

池田 『およげ!たいやきくん』って発売前、スーパーコンピューターで曲を解析してみたら、ヒットの確率がゼロ%と出たらしいんです。でも、ゼロ%って逆にすごくないか?という話になって、発表してみたら大ヒット。歴史を作りました。

鈴木 偶然から生まれたヒット作って、世の中を確実に動かすんですよね。誰もがノーマークだったものがいきなり売れたら、みんな注目するし、一斉に真似して同じようなものがたくさんできますから。最近ではチャットGPTが話題だけど、AIでは予測できないもの、偶然から生まれるヒットが、世の中を変えるんだと思います。

鈴木おさむさん


――偶然から生まれるヒットに必要な要素って何かあるのでしょうか?

鈴木 “ありそうでなかったもの”は、大ヒットすると思います。例えば、アルコールフリー。発売当初は「こんなのビールじゃねえ」という声がたくさんありましたが、大ヒット。もともとニーズはあったわけです。振り返ってみると、もっと早く存在していてもおかしくなかった商品ですよね。それでいうと、池田さんが書かれた『ベルベット・イースター』の女性同士のかっこいい恋愛の話も、僕の小説『僕の種がない』の男性不妊の話も、“ありそうでなかった”物語ですよね。

池田 誰もやったことがない、新しいことに挑戦することって、シンプルに面白いし大事なこと。セブンイレブンの論理というのがあって、セブンイレブンって常にヒット商品を生み出しているじゃないですか。お店の商品のうち、3割も新商品が並んでいるということです。新商品のヒット率は非常に低いんだけど、新商品の開発や発掘に大きな労力をかけているからこそ、常にヒットを生み出すことができると思っています。

鈴木 結局、挑戦と作り手の熱意ですよね。自分じゃなくてもいい、プロデューサーでもスタッフでも、誰か一人のこだわりがあるかどうか。強くこだわる人の熱意がなければ、大ヒットって生まれない気がします。なんとなく作ったものは、なんとなくの作品になる。テレビにおいては無難なものも大事なんだけど、無難なものって本当に無難でしかない。無難さって、今の時代には合わないのかもしれません。

誰もがプロデューサーになれる時代


――今と昔では、求められる面白さって違うんですか?

鈴木 テレビがメディアを支配していた頃は“大スター”が生まれやすかったですよね。大スターさえ出演していれば、番組は高視聴率を獲得できました。今はメディアが細分化した分、圧倒的なスターが誕生しにくい。スポーツは国民の関心ごとだから、大谷翔平さんみたいに爆発的人気のある人がいるけど、タレントバラエティってもうほとんど存在しないんじゃないかな。国民の大多数が好きって思う人、知りたい、頭の中を見てみたいと思う人って本当に少なくなった。万人に受ける作品を作ろうとするより、ひとりひとりに深く刺さる作品を作るほうが、時代に合っている気がします。

池田 でも、メディアが細分化したからこそ、みんなにチャンスがある時代になったと思います。最近のコンテンツでいうと、TikTokってすごいメディア。自分が作り出したコンテンツを、誰がいつ観て、どういう反応をしているのか、データが全部手に入る。プロデューサーの仕事が一般の人もできる時代になったということですよね。

池田有来さん

鈴木 YouTubeって基本的に自分で視聴するコンテンツを探すけど、TikTokって勝手に流れてくるから、人の目にとまりやすい。たった二分半のコンテンツが、誰かの目に触れることで大作映画になる可能性だってあります。プロットをアウトプットできる最高の場で、自分が本当にやりたいこと、面白いと思うことを発信できる。作り手にとって夢がある、可能性に溢れた時代になりましたよね。

世界を圧倒する日本のコンテンツとは


――日本と海外では求められる面白さって違いますか?

池田 重なる部分はもちろんあるけど、絶対違いますよね。最近では「日本なんか眼中にありません、海外でヒットを狙っていますから」という企画はよくある。

鈴木 そうですね。海外と日本のヒットの性質って共通するところはもちろんあるけど、結構違うと思います。Netflixでずっと世界一位だったアメリカのドラマ『クイーンズ・キャンビット』だって、日本ではなぜか一位じゃなかった。あのとき日本で一位だったのは『梨泰院クラス』。なんとなく日本ってガラパゴス化しているというか、特殊だと思います。もちろん日本国民全員がということではなくて、いわゆる最大公約数的な話ですけど。

池田 世界的に大ヒットしている作品って、人間が深掘りされているものが多い気がします。日本の連続ドラマってドメスティックでなかなか世界では評価されないといわれているんですけど、日本でも世界を魅了している作品があるんですよ。海外にいる友達に教えてもらったんだけど、“midnight diner”、つまり『深夜食堂』。あれってまさに一人の人間の話を深掘りしている作品ですよね。『イカゲーム』だって、『ライアーゲーム』のパクリだっていう人も多いじゃないですか(笑)。でも、『ライアーゲーム』よりも『イカゲーム』の方が世界で大ヒットした。ゲーム内容の質的には、『ライアーゲーム』のほうが圧倒的に複雑で、よく練られたものだと思いますよ。『イカゲーム』は“だるまさんがころんだ”とか単純な遊びが中心ですから。でもやっぱり、人間の深掘り具合は『イカゲーム』の方が深い。そういうこともあって、今回の『ベルベット・イースター』では登場人物たちの人生に起きる様々なドラマの深堀りをして、物語が人を作るのではなくて、人が物語をつくるよう心がけました。

鈴木 人間を深掘りする作品が世界でヒットするのは、バラエティも同じです。今世界で売れている日本のコンテンツって、『あざとくて何が悪いの』。“あざとい”を意味する言葉って海外には存在しないんですよ。“あざとい”という言葉は訳せないのに、あの感覚は通じる。人間の持つ感覚って、実は世界共通なのかもしれませんね。


すずき・おさむ●高校時代に放送作家を志し、19歳で放送作家デビュー。人気番組の構成を手がけるほか、映画・ドラマの
脚本や舞台演出など多岐にわたり活躍。著書に『ブスの瞳に恋してる』『芸人交換日記~イエローハーツの物語~』など。


いけだ・ゆき●慶應義塾大学文学部英米文学科卒業。テリー伊藤氏の下で番組制作を学びドラマの制作に携わった後、ワーナーブラザースジャパンに入社。『硫黄島からの手紙』『ルパン三世』ほか数々の映画制作に関わる。