レオ×ブラピの初共演映画を監督自らが小説に! 映画にはない場面、異なる結末…そしてタランティーノ監督が魅せる作家としての表現力

文芸・カルチャー

公開日:2023/5/26

その昔、ハリウッドで
その昔、ハリウッドで』(クエンティン・タランティーノ:著、田口俊樹:訳/文藝春秋)

 2020年のアカデミー賞2部門受賞、ゴールデングローブ賞3部門を受賞したクエンティン・タランティーノ監督の映画第9作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』。レオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットの初共演、さらには1969年のアメリカというポップカルチャー史において重要な年の街の風情にツボる人などが続出し、日本でも大きな話題となった。

 このほど、この『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』を、なんとタランティーノ監督自身がノベライズした『その昔、ハリウッドで』(クエンティン・タランティーノ:著、田口俊樹:訳/文藝春秋)が登場した。タランティーノはもともと映画版で監督だけでなく脚本も手がけているが、作品のノベライズまで手がけたのは初めてとのこと。というかタランティーノが小説を発表したのは本作が初であり、いってみれば「タランティーノ小説家デビュー第1作」ということになる。

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 物語の舞台は1969年のハリウッドの映画業界。落ち目になりつつある俳優リック・ダルトンに、大物エージェントがイタリア製作のウェスタン映画に出ないかという話を持ちかけてくる。悩みながらもTVドラマの撮影(しかも悪役)に出かけていくリックを、長年の相棒であるスタントマンのクリフ・ブースは運転手として見送り励ます。ところで、そんなリックの家の隣には気鋭の映画監督ロマン・ポランスキーとその妻である女優のシャロン・テートが引っ越してきた。時代の寵児として世間から注目を集める大カップルだが、一方でシャロンも複雑な内面を抱えており……。

 主にこの三人の視点が交錯しつつ物語は進んでいくが、すでに映画を見ていれば、「ああ、あの場面!」と何度も膝を打つこと請け合いだ(しかもレオやブラピの顔で脳内再生されるのも間違いないだろう)。こうした読書体験ももちろん楽しいのだが、映画にはないストーリーがふんだんに盛り込まれているのも興味深い。たとえば謎の多いハンサムなタフガイ・クリフ(映画ではブラピが演じた)は第二次世界大戦中に大勢の敵を殺した功績で武勇記章を2度受けており、さらには自身の妻殺しの罪を逃れたというタフすぎる経歴を持つなど、キャラクターのイメージがより鮮明に、さらに人間くさくなっていく。

 とはいえ、もちろん映画を見ていなくても大丈夫。小気味好いスピードで展開する1969年のアメリカンサブカルチャーがちりばめられた世界には多くの人が魅了されるに違いない。音楽デビューを目指すチャールズ・マンソン(ヒッピー・コミューンの指導者であり犯罪者)や、彼のファミリーがアジトにしたスパーン牧場のエピソードなど当時のリアルな状況が描かれていたり、リックやクリフの視点を通じてミッドセンチュリーの映画や映画製作者の実態を舌鋒鋭く批評したり……もともと映画やサブカルのオタクとして知られるタランティーノだけに読みどころも多いのだ。

 そして用意されるのは映画とは異なる「美しい」結末――単なるノベライズを超えた面白さは、むしろ原作的なもの、あるいは映画を撮ったからこそ広がった新しい世界なのだろう。処女作とは思えないその文才にも驚くが、とにかく鬼才タランティーノからの贈り物、本も映画もどちらも楽しまなければもったいない!

文=荒井理恵