ゴーレムやマンドラゴラの元ネタとは? 中野京子が誘う、少し怖くて不思議な世界

文芸・カルチャー

更新日:2023/7/7

新版 中野京子の西洋奇譚
新版 中野京子の西洋奇譚(中公新書ラクレ)』(中野京子/中央公論新社)

 小さいころ、ふしぎな話や怖い話を読んで眠れなくなった。誰しもそんな経験があるはずだ。人間はなぜか、時には妙に思うほど怖い話が好きである。おとぎ話同様に、「奇譚」(珍しい話、ふしぎな話)は語り継がれている。

 そんな西洋の奇譚を集めた『新版 中野京子の西洋奇譚(中公新書ラクレ)』(中野京子/中央公論新社)は、2020年に単行本で出版され、この度新書化の運びとなった。「ハーメルンの笛吹き男」「マンドラゴラ」など、西洋の奇譚21話が収録されている。

 中野京子氏といえば「怖い絵」シリーズが思い当たるが、初刊行から15年も経った今もその人気は衰えない。人はやっぱり、怖いものを見たがる習性があるようだ。

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ファンタジーなどで馴染み深いあれこれの元ネタが知れる

 ハリーポッターに登場するマンドラゴラ、ゲームでは定番のゴーレム、映画でおなじみのドラキュラやエクソシストと、目次には「あ、これ知っている!」と思う名前や名称が並ぶ。

 しかし読んでみると、意外とおおもとの話を知らなかったことに気づかされる。私たちが触れているのはアレンジやオマージュが加わったエンターテインメント。奇譚そのものは知らないという人も多いのではないだろうか。

 例えば、第五話に幽霊船を扱った「さまよえるオランダ人」が登場する。私はヴァーグナーによるオペラしか知らず、実際に幽霊船の目撃譚として有名だったとは予想外だった。

言い伝えによれば——アフリカ大陸南端の岬、喜望峰近くでオランダの帆船が嵐にあい、思うように舵を切れず業を煮やした船長が南十字星にピストルを発射した(異説では、神を罵った、あるいは悪魔に助けを求めた)ため呪いを受け、死ぬことも許されずに未来永劫、幽霊船と共に海を漂泊せねばならなくなった。

 おおもとの奇譚はこのような話だそうだ。海という存在がどれだけ畏怖の対象だったのかがよくわかる。

 各話には奇譚が生まれた背景や学者たちがどのように種明かし(奇譚の解明)を唱えているのか、なども解説されている。どれも興味深いし、それでも説明がつかない奇譚もたくさんあるのが興味深い。

 これを読んだおかげで、今後はフィクションでゴーレムなどが登場した時により深く味わえると思う。

語り継がれる奇譚が持つ妖しい魅力

「ブロッケン山の魔女集会」など、怪異を引き起こしていたのが「ブロッケン現象」によるものであると既に科学的に解明されているものも登場する。一方、今もなお謎に包まれた奇譚も多く、特に最後に登場する「ディアトロフ事件」はなかなか衝撃が大きかった。

 9人の男女がテントでキャンプをしていたが、全員が死体で発見されたという、冷戦下のソ連で起きた凄惨な未解決事件。読み進めるうちに背筋が寒くなる迫力があった。その事件がどうして起こったのか、なぜそうなったのか、未だに解明されていない。怖い、そして、猛烈に知りたいという欲求が湧いてしまった。

 今回新版が発行されるにあたって「余話 「怖い」に魅かれる一因」「奇譚年表」が新たに収録された。年表を見ると、紀元前から21世紀まで、あちこちの年代や土地で奇譚は起き、語り継がれている。

動物は危険を察知する能力によって生き延びてきた。その能力は恐怖によって研ぎ澄まされる。恋を知らない人間はいても、恐怖をいっさい知らないという者などいない。

 という著者の言葉通り、恐怖は人間の、本能を刺激する存在なのだ。ある種の知識欲でもあり、好奇心という快楽の源でもあるのかもしれない。

 実は、私はホラーが得意な方ではない。だというのに、この本のおかげで奇譚をもっと読んでみたくなってしまった。きっと、奇譚は私たちの本能を呼び覚まそうと、いつでも手招きしているのである。怖いけれども、面白い。この本から奇譚の扉をのぞいてみてはいかがだろうか。

文=宇野なおみ