美しき片腕の剣豪「伊庭八郎」。実は礼儀正しく努力家だった彼の26年の生涯を、リアルな江戸の描写で辿る

マンガ

公開日:2023/5/19

MUJIN-無尽-
MUJIN-無尽-』(岡田屋鉄蔵/少年画報社)

MUJIN-無尽-』(岡田屋鉄蔵/少年画報社)は、隻腕の剣士として名高い、伊庭八郎の生涯を描いた漫画である。

 唐突だが、私は幕末好きの歴史オタクだ。しかし伊庭八郎と聞いても「隻腕」「剣豪」「月岡芳年が描いた絵」くらいしか印象を持っておらず、「どこのどんな人で何をしたのか」、よく知らなかった。

 そういう個人的な無知もあり、本作の伊庭八郎には驚いてしまった。

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 勇ましさやむさくるしいイメージとは大きく違い、八郎は、爽やかで純粋で、努力家で礼儀正しい好青年であり、見た目も申し分ない美男子なのだ。読んでいて気持ちのよい八郎の言動は、一層、物語を魅力的にしていると思う。

 彼は江戸四代道場の一つ、「練武館」当主の長男として生を受けた武士(旗本)の子である。幼い頃は病弱でろくに稽古が出来ず、「死に損ない」として強い劣等感を抱いていた。

 だがある時、板前の鎌吉と出会い、少しずつ変化していく。

 その後も、敬愛する父親のコレラ感染や、試衛館の沖田との決闘、講武所の指南役就任、攘夷派との確執などを経て、一歩、また一歩、剣客として、人として成長していく。

 本作は、そんな彼と、彼を取り巻く家族や友人たちが、幕末という激動の時代を颯爽と、力強く生きていく物語である。

「歴史好き」の方にはもちろん、ぜひ読んでほしい一作だが、むしろ「幕末がよく分からない」人にもオススメしたい。

 と言うのも、作中では鎌吉という登場人物が当時を振り返りながら、「あの時、江戸の町人はこんなことを考えていた」「将軍様はこんなお気持ちであった」「一方で天皇は……」「攘夷派の動きは」「英国の考えは」――などなど、幕末の様子を「様々な立場」から説明してくれているのだ。このおかげで、敵味方関係なく、総括的に「何が起こっていたのか」を理解することが出来るのである。(難しい用語を噛み砕いて説明してくれているのもありがたい……)。

 また本作には、著者の「江戸愛」を強く感じた。

 細部までこだわって描かれている江戸の街並みは、ずっと見ていても飽きないし、着物や髪型といった文化風俗や、現代人とは違う江戸人の価値観が、「物語になじんで」描かれているように感じた。

 これは著者の知識がかなり「深い」こともあるのだが、一方で「好き」じゃないと、ここまでは描けないだろうな、と思ってしまう。「江戸の生活」の再現度が抜群なのだ。(既婚女性は眉を剃っていたり、家の中には大門ではなく、その脇の小さな門から入っていたり……)。こういった細かな描写の積み重ねから、著者の「江戸」に対するこだわり、知識の多さ、……そして、強い「江戸愛」が感じられた。

 物語を追うのはもちろんのこと、背景の建物や部屋の中の調度品、着物の柄、往来する商人などに注目して読んでみるのも楽しいはずだ。江戸の空気を存分に感じることが出来るだろう。

 この時代の文化や価値観をしっかりと描く「本格派歴史漫画」でありながら、現代人も共感できる友情、家族愛、情愛、憤り――といった様々な感情に、心揺さぶられる本作。

 最新11巻は2023年5月30日発売予定とのこと。乞うご期待。

文=雨野裾