決して踏み入れてはいけない伝説の「ご神域」。その禁を犯した人々の代償を描いた知念実希人氏の最新小説

文芸・カルチャー

公開日:2023/5/16

ヨモツイクサ
ヨモツイクサ』(知念実希人/双葉社)

 ここから先、立ち入るべからず。神社の裏手などにこうした看板が掲げられているのを見たことはないだろうか。そうした場所はいわゆる「ご神域」。神の領域とされ、ヒトの立ち入りが禁じられている。もしもこのご禁制を破ってしまったらどうなるのか。知念実希人さんの書き下ろし最新作『ヨモツイクサ』(双葉社)は、こうした禁を犯してしまった人々の大いなる代償からスタートする衝撃作だ。

 北海道旭川には《黄泉の森》と呼ばれるアイヌの人々の禁域があった。この森に入り込むと「ヨモツイクサ」という鬼に貪り食われるといわれ、地元の人々に恐れられていたのだ。だがそんな森にもリゾート開発の手が伸びる。地元の反対を押し切った大手ホテル会社は作業員を送り込み開発のベースを築くが、あろうことか作業員たちは《何か》に蹂躙された痕跡だけを残して全員消息を絶ってしまう。巨大ヒグマの仕業か、あるいは「ヨモツイクサ」が現れたのか……実は黄泉の森のそばでは、7年前にもそばに住む酪農一家が忽然と姿を消す神隠し事件があり、ひそかにヨモツイクサの仕業と噂されていたのだ。後日、猟師たちの力を借りて森の捜索に当たった地元警察は、ヒグマが食べかけの餌を保存する土まんじゅうの中に作業員の無残な遺体を発見する。やはり犯人は巨大ヒグマ。結果を見極めるため一部の遺体は司法解剖すべく道央大病院へ。その病院で外科医をつとめる佐原茜は神隠し事件で家族を失ったたったひとり残された娘であり、神隠し事件とのつながりを予感して友人の法医学教授に頼み込み司法解剖に立ち会う。激しく損傷した遺体はやはり凄惨なヒグマ被害を物語るが、次第にうっすら蒼く光りはじめて――。

 著者は本屋大賞ノミネート作である『ムゲンのi』『硝子の塔の殺人』などを手がけた知念実希人さん。医師としての経験を生かしたリアルな描写は圧倒的で、医療ミステリーのトップランナーと呼ばれている人気作家だ。そんな知念さんの最新作はミステリーではなく、外科医かつ狩猟免許も持つタフな女医を主人公にした「バイオホラー」という新境地だ。これまで同様、医療系の専門知識&経験が生きたリアリティがしっかりベースとなっているのだが、読後感はミステリー的な事件解決のカタルシスとは一味違う。スピード感あるスリルと恐怖に支配されたまぎれもないホラーであり、驚きの展開の連続にページをめくる手が止められなくなることだろう。

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 果たして人が入ってはいけない領域には何が存在するのか――真相を突き止めるため、家族の仇をうつため、茜自身も禁じられた森の奥へと進んでいく。人間が圧倒的に不利な森の中で、果たして茜はどうなってしまうのか…。スリリングな展開の連続の先に待つのは、予想もできない圧倒的で幻想的な結末。それは「生命」や「進化」の不思議にあふれ、人が太刀打ちできない自然への畏怖と大いなる余韻をも残す。茜と共に昏い森の奥に没入し、間違いなく一気読み必死となる一冊だ!

文=荒井理恵