千年前の運命の恋人と出会うため輪廻転生を繰り返す男女――軽やかなのに胸を焦がすように愛おしい、『いなくなれ、群青』の河野裕が描くファンタジー小説
公開日:2023/5/25
運命の恋に憧れたことはあるだろうか。前世からの因縁で、いくたび生死を繰り返しても、どんな姿かたちをしていても、必ずめぐりあって恋に落ちる。とてもロマンティックだ。けれどもし、絶対に結ばれないこともまた、決定づけられているとしたら? 映画化もされた『いなくなれ、群青』(新潮社)の著者・河野裕氏の新作小説『愛されてんだと自覚しな』(文藝春秋)では、神様からの嫉妬によって、そんな悲劇的な運命を背負ってしまったふたりの物語が描かれる。
語り手の岡田杏は、23歳でありながら千年分の転生した記憶を宿しているため老成した落ち着いた雰囲気を持っている。杏いわく、転生にはルールがあり、〈男は生まれ変わるたびに輪廻を忘れ、しかし女の生まれ変わりを愛したとたんにそれを思い出す。女は逆さで、輪廻を覚えたまま生まれ変わり、しかし男の生まれ変わりを愛したとたんにそれを忘れる〉という。ふたりが相思相愛でいられるのはめぐりあった一瞬だけ。そのあとは、仮にそばにい続けることができたとしても、男だけが献身的な愛を注ぎ続けることとなる。
そんな杏が、どうしても手に入れたい本があるという。その名も、「徒名草(あだなぐさ)文通録」。界隈では法外の値がつき、今まさに闇取引の渦中に置かれた古書である。一介のカレー屋店員である杏に手出しするすべはない。そこで頼ったのが、アルバイト先の先輩・守橋祥子。杏のルームメイトでもある一つ年上の彼女は、“盗み屋”を本業としており、杏の事情をあっさり信じ、手を貸してくれるという風変わりな人である(依頼のあったものしか盗まないという美学もある)。
古書を狙う好事家、ミュージシャンに公務員という多様な相手を前にものともしないどころか、古書を奪った神からすら掠め取ろうと意気揚々としていて、杏とのバディ感は読んでいて非常に心地がいい。運命の恋なんてものにいいかげん飽き飽きしている、という杏が、祥子と過ごす日々に見出す穏やかな幸せを守りたい、という気持ちにがぜん共感してしまうほど。古書を狙う人たちのなかにはどうやら運命の相手が紛れているらしいのだが、その再会を願う一方で、運命などものともせず今世を飄々と生きる杏の姿にも惹かれてしまう。
運命の恋は、たしかに素敵だ。けれど、目の前にいるその人を好きになる理由が、前世からのさだめだから、というだけではあまりに切ない。千年も繰り返せば、いいかげん運命から解放されたいと願って当然のなか、簡単には割り切れないものを抱える杏の想いが沁みる。
神も人もまじえた個性的なキャラクターたちによる群像劇は、運命などさておいても読んでいて面白い。そして怒涛の展開に翻弄されるうち、「そういうことだったのか……!」という驚きとともに迎えるラスト。冒頭から読み返せば、あふれんばかりの愛が多種多様に描かれた物語だったということにも気づく。読後は切ない想いにキュンとさせられながら、かつ、愛おしさと幸せで心が満たされること請け合いだ。
文=立花もも