「この中に教員免許をお持ちの方はいますか?」深刻な教員不足が叫ばれる、教育現場の現状とは?
公開日:2023/5/19
『先生が足りない』(氏岡真弓/岩波書店)というかなりストレートな題名の本から、「この本は一体どういう内容なのだろう」と疑問に思うことは恐らく無いだろう。しかし「どうして先生は足りないのか」ということに対する原因の究明や体系的な調査は、驚くほど不足しているという。そう本書に記している著者の氏岡真弓氏は、朝日新聞の紙面上で「どれだけ探しても見つからない」というほど教員が不足している現状を、10年以上手探りで取材してきた。
不足している「先生」とは非正規教員のことで、正規教員は不足していないという。非正規教員とはおおまかにいえば、正規教員と同じくフルタイムで勤められて担任もできる「常勤講師」(臨時的任用教員)と、授業を担当するがその時間以外は原則勤務しないパートタイムの「非常勤講師」とがいるが、特に定義はなく、後者の呼称は自治体によってまちまちだという。このように、非正規教員に「欠員」「未配置」「穴」が生じて、代わりの教員が来ない状況が「教員不足」と呼ばれている。
氏岡氏がこの社会課題に着目して以来、長らく調査は独自調査だったが、2021年度についに文部科学省が主体となった調査が実施されたという。そして2022年1月に発表されたのは、全国の公立小中学校・高校・特別支援学校の4.8%にあたる1591校で、教員不足が生じているという結果だった。
具体的にそれによってどのような事象が起こるのか。本書で紹介されている、冗談のようで冗談ではないエピソードをひとつご紹介しよう。著者がある首都圏の公立小学校のある母親から聞いた話によると、PTA会議が終わった後に校長が立ち上がって、こう言ったという。
「このなかに教員免許をお持ちの方はいらっしゃいませんでしょうか」
まるで交通機関かイベント会場かで急病人が出たかのようなフレーズだが、ある先生が長期の休業となるため、代わりを探しているというシチュエーションだったという。PTA役員たちは「ああ、またいつものあれですか」とはならず、何を言われているのかわからず、当惑して顔を見合わせたという。
校長が説明することには、その年度、育休をとる、あるいはとっている教員が一人ずつ、病休に入った教員が一人おり、既に二人が休みに入っているが、代わりになる教員が一人分、手配できていないのだという。「教育委員会も、学校も必死で探しているが、まったく見つかりません、とおっしゃいました」と母親。
文科省のデータから著者が注視したのは、小中高校と特別支援学校において2割前後の教員が非正規教員に依存しているということだ。授業が自習になったり、はたまたテストが実施できなかったりということが起き、これにより「見放されている」と感じてしまっている子どもたちの声も本書は丁寧に拾い上げている。
ここまで事態が進行してしまったことの転機は、小泉純一郎内閣体制下による「地方公務員の定数削減計画」施行の頃。少子化の流れの中で「教員の数は減らされるべきだ」という風潮が醸成されたのだという。
地方財政が厳しいなかでの改革で、自治体は正規教員の人数や給与を減らし、その代わり、浮かせた予算で人件費の低い非正規教員に依存し、教員の数を増やすことで独自の少人数指導などの改革を進めていくことになった。
その結果、正規教員は人数も給与も減らされたにもかかわらず、改革前は限られていた非正規の雇用が広がる結果となり、非正規教員なしには学校が運営できない状況になったと言える。
一般企業での働き方や子育て施策における問題と同様に、学校という職場において「妊娠・出産を喜べない状況」が常態化しているという。もちろん建前上は喜ぶものの、つわり等による体調不良で休みを取ったり、産休や育休を取ったりすることによる引け目を感じやすい状況は想像に難くない。
ここまでの紹介では「不足」「欠員」など無い無い尽くしで、ネガティブなイメージが強かったかもしれない。事実、本書は「明るい未来」を提示しているわけではない。しかし、著者はここまで約10年粘って取材を続けてきた底力で、データにしっかり基づいた調査体制が今後確立されるように本気の訴えを綴っている。学校教育だけでなく、組織の人事や労務に置き換えても考えることができる本書を、ぜひ幅広い読者に手に取ってもらえればと思う。
文=神保慶政