大人気シリーズ『都会(まち)のトム&ソーヤ』20周年! 20巻目の内容は一昨年の実写映画に触発された!? はやみねかおるさんインタビュー

文芸・カルチャー

公開日:2023/5/21

黒はやみね成分が出るか出ないかは、書くときのコンディション次第!?

はやみねかおるさん

――新刊の話に戻りますと、今作では「亡くなったはずの先生から届いた挑戦状」という不可思議も起こります。『ぼくらの先生!』で描かれたあたたかさと『赤い夢の迷宮』で描かれた黒はやみねの成分とが融合した印象も受けました。

はやみね 子どもたちに何かを教えるというのは、支配やコントロールに繋がりかねない、ものすごくおそろしいことなんだという感覚は、学校の先生をしている人はみんな抱いていると思うんですよ。一歩間違えたら自分はこの子らをぐちゃぐちゃにしてしまう、という恐怖を現場でもたない先生はいないはず。でも、現実では絶対に起きてはならないことだからこそ、物語の中でくらいは、その恐怖を味わってほしいという気持ちもあるんです。

――その恐怖に近接した黒はやみね成分が出てくる作品とそうでないものがありますが、書き分けは意識されているんでしょうか。

はやみね あんまり出したくないと思ってはいるんですよ。でも、体調や精神状態によっては、意図せずとも出てきてしまう。僕のコンディション次第です。

――コンディションなんですか! ちょっと意外です。ちなみに、『令夢』を通じて物語をたたんでいく過程にも、黒はやみね成分は欠かせないような気がするんですが……。

はやみね そうですね……。「怪盗クイーン」シリーズではよく、世の中には訳のわからんことをする奴がたくさんおるけど、人間っていうのはいったい何をしているんだろう、というようなことを書いていると思うんですが、最終的にはそこにうまい説明がつくようにしたいなと思っているんですよね。世界にはいろんな国の人たちがいて、いろんな神様を信じているけれど、その信仰を理由に人間同士が殺しあったりするのはアホちゃうか、というのはずっと思っていることで。それに対して自分なりのまとめたことを書いていきたいな、と。だから『令夢』では、神様という存在そのものが理解できないキャラクターを登場させた。

advertisement

――そういう意図が……!

はやみね いったい神様というのは何なんやろう、という問いに自分なりの答えを出していけるように進めていきたいなと思っています。

――その問いは、いつごろから抱いていたんでしょう。

はやみね 子どもの頃からずっと、ですねえ。神様って、けっきょくは人間が考え、生み出したものじゃないですか。そんな、自分たちで想像できる範囲の神様なんて、本物とはいえないんじゃないか? というのはずっと思っているんです。だから、物語を通じて、本物の神様を書けたらいいな、と。

――本物の神様……。

はやみね たとえば、次に出る『怪盗クイーン』の新作には、「世界征服券」というなんでも願いが叶う券が登場します。でも、本当に自分が願っていることを自覚できている人って、なかなかいないと思うんですよ。ほとんどの人は、常識や周囲の価値観などの刷り込みによって「そうすべきだ」と思って行動していることのほうが多くて、本当に自分の意思のみで選べることは、たぶんとても少ない。そういうバイアスや制限をすべてとりはらって、本当に自分のやりたいことを叶えられてしまう、というのが世界征服券。そのアイテムを通じて「実はあなたはこんなふうに操られているんだよ」みたいなことを書いているんですが、ちょっと設定が複雑すぎて説明が難しいし、わかりにくいですよね(笑)。ぜひ読んでいただければと思うのですが。

――その、誰も知覚できない自分たちを操っている存在が、はやみねさんの描きたい本物の神様に近いものなのかな、と思うとぜひ読んでみたいです。『令夢』に書かれていた「人は夢の中でだけ本物の神の存在を知ることができる」という言葉にも繋がる気がします。

はやみね 『怪盗クイーン』の新刊にも、夢の話が出てきます。人間って、本当にやりたいことはやれんもんやな、というのはずっと思っているんですが、かといって、自分をコントロールしている存在を理解することも絶対にできない。そういう存在は、今の世界で神様として奉られているものとはまるで違うものなんやろなあ、とも。だからそういう神様との対決を、自分なりに考えて書いていきたいですね。

――「自分の意思をつらぬき、やりたいことを思うままにやる」ということが、決していいことばかりではないということも、はやみねさんはこれまでの作品で多々描かれている気がします。はやみねさんが小説を書くうえで守っている、絶対に踏み越えない一線はありますか?

はやみね むやみに命を奪わない、ということですね。命は食べなあかんもの、という意識があるので、食べたくない・食べられないものを殺したくはない。ふだんから、蚊もあんまり殺したくないですね。小説を書くうえでは、一人死ねばまわりにいるたくさんの人たちの悲しみや怒りも書かなきゃいけない。そうなると、枚数も必要になってしまいますから。

はやみねさんの普段の執筆スケジュールは?

はやみねかおるさん

――ふたたび『都会トム』20巻の話に戻ります。今作では子どものころに内人と創也がすでに出会っていたという番外編も収録されています。

はやみね 10年くらい前に、青い鳥文庫でそういう小説を書くという企画があったんですが、立ち消えになってしまって。一応、頭のなかには、2人の子ども時代の話はいろいろストックされているんですよ。また書く機会があるといいんですが。

――一方で、いつか2人の道が分かれ分かれになってしまうのでは……と予感させるような切なさも感じられた一作でした。

はやみね シリーズをスタートさせた当初から、「この2人は仲良くなったけど、いつまで一緒におれるんやろう」という不安はあったような気がしますね。創也は竜王グループの後継者として生まれ持ったものがあるけど、内人にはなんのしがらみもない。生まれ育ってきた環境の違いがこの子らには歴然と存在しているんだ、ということも、映画を観て改めて感じたことでした。『都会トム』はサザエさん方式で書いているので、作中ではずっと中2なんですけど。

――めちゃくちゃ冒険しているのに数カ月も経っていなそうなのがすごいですよね(笑)。

はやみね 運動会……はまだいける気がするんですが、プールとか、季節感のあるシチュエーションはよほどの理由がない限り書けません(笑)。中3になったら進路を意識して、未来の選択を明らかに意識しなくてはなりませんからね。だからもしかしたら、2人が中3になったとき、物語が一気に動くのかな。でももうちょっと、中2のまま遊ばせてやりたいなあ、という気持ちはあります。いちばん楽しい時期だと思うんで。

――読者としてもずっと2人が遊んでいる姿を見守っていたいです。が、6年でたたまれてしまうんですもんね。キャラクターの膨大さと世界観の壮大さから、本当に間に合うのだろうか?という気もするのですが。

はやみね そこはできるだけ、間に合わせていきたいなと。

――ふだん、執筆時間はどれくらいとっていらっしゃるんですか。というか、ふだんはどんな生活をしていらっしゃるのでしょう。

はやみね お日様がだいぶ早く昇るようになった今くらいの時期は6時くらいに目が覚めます。で、ごはんを食べて、新聞を読んだりしてから、執筆開始。お昼ごろになるとだんだんネタ切れにもなってくるので、外を走りに行きますね。で、帰ってきたらまた執筆。1日2食の生活なので、夕飯は16時くらいに食べて、酒をのんで、明日はどんなふうにしようかなって考えながらごろごろして。余裕がないときは、執筆に戻って。21時ごろに風呂に入って、またごろごろしたら22時には寝ます。切羽詰まったときは、風呂から出たあと、夜中の2時、3時まで書いていることもありますけど。

――お酒、飲まれるんですね。

はやみね 大酒飲みだと自覚しています。子どもが主人公であることが多いし、教授みたいに飲まない大人もいますけど、「怪盗クイーン」シリーズにはワインがいっぱい出てくるでしょう。『都会トム』でも神宮寺さんが二日酔いでぐちゃぐちゃになる場面もありますしね。あれ、児童書でこれはええんか、と思いながら書いたので、なんのお咎めもなかったときは驚きました。担当編集いわく「これが大人なんだって子どもたちに教えるのにちょうどいい」と。

――(笑)。でもたしかに、大人たちが自由に楽しそうに生きている、というのは、はやみね作品の魅力の一つである気がします。

はやみね 楽しそうですよねえ、みんな。僕も、彼らが楽しそうにしている場面を書いていると、ちょっと元気になったりします。

――コンディション次第で黒はやみねが出てくる、というお話もありましたが、どうしても書けないしんどいときって、どうされているんですか。

はやみね 無理にでも書きますね。仕事ですから、書きたくなくても書かなあかん。ま、そうやってどうにかできたから、33年間やらせてもらえているんだなあと思います。まあ、そんな感じで、最後まで頑張っていきたいです。

――さみしいですが……考えてみれば、はやみねさんはもともと学校の先生。人は必ず卒業し、別れを告げねばならないときがくる、ということを身をもって知っていらっしゃるのも大きいのかなと思いました。そしてそれは、決してネガティブなことではないのだと。

はやみね そうですね。自分にはあんまり感性というものがないので、情緒に浸って考えることはないんですけども。でもやっぱり、1年経ったら別れる、それの繰り返しが教師なんだなっていうのは感じていました。さみしさをどこかで感じながら、進学や卒業はめでたいことだし、無理してでも早く次の生活に慣れ親しんでほしいと思いながら、送り出すようにしていました。

――卒業の日を、どきどきしながら、楽しみにしています!

はやみね ありがとうございます。楽しんでいただけるよう、頑張ります!

【後日談】
この取材を終えた翌日、はやみねさんのTwitterには「引退を吹っ飛ばすような出来事」を示唆するつぶやきが……。何が起きるのか、続報が待たれます。