少子高齢化と空き家問題対策のヒントに? イタリアで生まれた新しい観光スタイルに注目が集まるワケ

暮らし

公開日:2023/5/22

世界中から人が押し寄せる小さな村 新時代の観光哲学
世界中から人が押し寄せる小さな村 新時代の観光哲学』(島村菜津/光文社)

「イタリアと日本の共通点は何か」と聞かれたとき、どんなことが思い浮かぶでしょうか。『世界中から人が押し寄せる小さな村 新時代の観光哲学』(島村菜津/光文社)は、少子高齢社会と空き家問題という意外な共通点を示した上で、「アルベルゴ・ディフーゾ(分散型の宿)」というスタイルの宿泊体験がこの約20年でもたらした様々な変化をまとめています。

 日本にスローフードを紹介した『スローフードな人生!―イタリアの食卓から始まる』(新潮社)をはじめ、イタリアに関して長年執筆し続けた著者の島村菜津氏。本書では、日本の旅スタイルや社会課題にも触れつつ、両国のトピックを自由に行き来しながら物語が進んでいきます。

 アルベルゴ・ディフーゾの「発祥の地」といえるサント・ステファノ・ディ・セッサーニオは、ローマから北東に車で2時間ほど行ったところにある人口100人強の小さな村です。2000年代初頭まではながらく「忘れられた山村」でしたが、本書前半の主人公である「生みの親」ダニエーレ氏は偶然大金を手にして、空き家問題の解決と観光促進の2つを同時に達成しようという大志を抱きます。

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 アルベルゴ・ディフーゾの特徴は、ホテル自体だけではなく村全体も含めて「ホテル空間」だと捉え、村内の循環や持続可能なまちづくりを意図している点です。旅行者は村に点在するこだわりの宿を拠点として、「暮らすような旅」ができるように世界観が形作られています。

 アルベルゴ・ディフーゾのスタンスを象徴するのは「煤(すす)」のエピソードです。ダニエーレ氏が手がけたホテルでは、16世紀から残る現役の暖炉があり、そこには真っ黒い煤がついています。その煤は掃除がサボられているからついているわけではなく、空間内の時間の流れを豊かにするため意図的に残されたものであることが著者とダニエーレ氏のやりとりで明らかになります。

「この煤(すす)こそが、村の人たちの暮らしの痕跡で、歴史そのものなんだ。そのために三日もかけて建築家を説得しなければならなかったんだ。
もちろん、賛否両論もある。今でも、どうして壁をきれいにしないんですか? と訊いてくるお客も中にはいる。けれども、古い暮らしの記憶を抹消して、新しくしてしまったホテルならば、トスカーナ州にも、ウンブリア州にも、世界中にごまんとあるだろう。そんなものは、歴史の殻をかぶっているに過ぎない偽物だ。もはや、本物の歴史は抹消されてしまっているんだから。
極端なのはわかっているさ。でも、これは僕の哲学的選択なんだ」

 この「哲学的選択」というやや大げさな言葉を最初に聞いたとき、著者は思わず笑ってしまいますが、妙に耳に残ったということで、書中で度々リフレーズされ、結果的には本書のテーマのひとつとなっています。ある人は「そんな宿は嫌だ」となるかもしれませんが、波長が合う人には「最高!」となる。本書では終盤に、日本におけるアルベルゴ・ディフーゾの事例を取り上げていますが、そこで古民家の廊下を歩いたときのミシミシ音を例にとって、「棲み分けが生じるようなタイプの旅・宿泊体験」が存在感を増しつつあると説かれています。

たとえば、みしっと音を立てる廊下は、私には、むしろ懐かしさを喚起させたが、一緒に泊まった人は、道路に面した部屋の騒音がやや気になったとぼやく。人の感じ方は様々で、ダニエーレの宿のように壁の染みにも、さぞや賛否両論あることだろう。

 シンプルに紀行エッセイとして読んでみても楽しめるし、「こんな旅が好まれるような世の中になってきているということは、こんなサービス・商品にポテンシャルがあるのでは」と、自身が従事している領域に置き換えて考えてみるのもオススメな一冊です。

文=神保慶政