YOASOBI「どんな曲を書いてもikuraはきっと歌える」――「アイドル」『はじめての - EP』から得た“成長と成功”の手ごたえ【インタビュー】

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公開日:2023/5/25

YOASOBI

 YOASOBIの楽曲が、凄まじい勢いで聴かれている。

 5月10日に発売された『はじめての – EP』はiTunesのアルバムチャート1位を記録。TVアニメ『【推しの子】』オープニング主題歌「アイドル」は同シングルチャート1位、Youtube再生回数は公開から約1ヵ月で1億回を突破した。いま、日本でもっとも聴かれているアーティストのひとつだろう。

 大ヒットしたデビュー曲「夜に駆ける」以降、「小説を音楽にする」というコンセプトで活動しているYOASOBI。『はじめての – EP』では、島本理生さん、辻村深月さん、宮部みゆきさん、森絵都さんという4名の直木賞受賞作家とのコラボレーションが実現した。

 本記事ではYOASOBIの2人にインタビューを実施。「ミスター」「海のまにまに」「セブンティーン」「好きだ」、そして「アイドル」といった最新曲の制作秘話と、快進撃を続ける真っ只中での活動にかける想いを聞いた。

(取材・文=金沢俊吾 撮影=干川修)

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4つの楽曲で1作品

──どのような経緯でプロジェクトが始まったのかお聞かせください。

Ayase:YOASOBの活動開始当初から「いつか直木賞作家さんとコラボレーションできたらいいな」という構想があったんです。2021年頃からプロジェクトが動き出して、作家さんへのオファーが始まりました。

ikura:今回のプロジェクトを始めるにあたって、スタッフさんが「ikuraはこれまでどんな小説を読んできたの?」って聞いてくださったんです。それで、私が生まれてはじめてちゃんと読んだ小説である『カラフル』の森絵都さんや、高校生の頃に読書好きになるきっかけとなった島本理生さんの名前を挙げさせていただきました。

──もともとお好きな作家さんとのコラボが実現して、小説を初めて読んだときは、どんな感覚でしたか?

ikura:読んだ段階ではまだ楽曲もできていないですし、歌詞の主人公が誰になるかすらわからないんです。だから歌うときのことをあれこれ考えてもしょうがないので、とにかく純粋に一読者としてめちゃくちゃ楽しませていただきました。

──YOASOBIはこれまでも小説を音楽にするユニットとして活動してこられましたが、今回、楽曲制作における違いはありましたか?

Ayase:先生たちが「はじめての」という共通したテーマで小説を書かれているので、僕らも4曲に連続性を持たせるというか「4曲で1作品」といった感覚で作っています。そういった点では、ほかの楽曲とは少し違うかもしれないですね。

楽曲を聴くことで、より原作小説が楽しめる関係

──YOASOBIの歌詞は、ストーリーテラーの役割を果たすパターンもあれば、登場人物ひとりの目線で歌われるものもあります。毎回、どうやって歌詞の方向性を決めているのでしょうか?

Ayase:「曲を聴いてから小説に立ち返ったときに、この視点で語られていたらおもしろいんじゃないか」とか、小説に奥行きが生まれて、より解像度が上がっていく方向を探っています。僕としては、YOASOBIを聴いてくださる方に、原作もぜひ読んでほしいと思っているんです。

──楽曲を聴くことで原作をより楽しめるようになっていながらも、読んでない人も、純粋に音楽だけで楽しめるのが、YOASOBIがたくさんの人々に支持される理由のひとつじゃないかと思います。

Ayase:原作を読んでいただくのは理想ですけど、現実的には楽曲だけに触れる人も多い。だから、楽曲だけでもちゃんと完結するように意識しています。原作があって初めて成立するような作品だと、どうしても音楽の強度としては弱くなってしまうと思うので。音楽だけで完結する側面と、音楽が原作の入り口になる側面、どっちも持てるといいなって、日々思ってます。

──「はじめての」の1曲目に収録されている「セブンティーン」には「どこに居たとしても私はそう世界で一人のオリジナル」という歌詞が登場します。原作は並行する2つの世界が描かれたSFですが、多くの人に共感される普遍的なフレーズだと思いました。

Ayase:共感できるポイントというか、自分が生きている実社会とどこまでリンクしてるかが、楽曲に愛着を持っていただくうえですごく重要だと思っているんです。原作になった「色違いのトランプ」は、17歳の娘をもつお父さんが出てくるので、子どもがいる親御さんが聴いてグッときてほしいし、17歳ぐらいの若い人たちにも「自分に対する誇り」みたいなものを感じてほしい。そういった普遍的なメッセージを込めているつもりです。

──楽曲の主人公は17歳の少女ですが、ikuraさんはどのような想いで歌われましたか?

ikura:少女は両親から愛情を注がれながらもすごく息苦しさを抱えながら生きてきて、でもそうやって傷ついてきたことが彼女を強くしていると原作から感じたんです。だから、寂しさだったり、傷のような想いを抱えながらも、笑顔で一生懸命歌っているようなイメージで歌いました。

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転調がうまくいった「好きだ」

──「海のまにまに」の原作は、自ら命を絶とうと、その場所を探して家出をする少女の物語です。楽曲には「夜の海」や「古い花火」といった日本人のノスタルジーを刺激するような言葉がたくさん登場します。

Ayase:この曲は、とにかく音数を減らしたいと思って作りました。「死んでしまいたい」「逃げてしまいたい」と感じるような瞬間って、音が世界からなくなったように感じるんです。逆に、今まであんまり聞こえなかった音がすごく鮮明に聞こえたりもして。僕もそういう感覚はすごくわかるので、あの瞬間の冷えた空気みたいなものを、絶対に音で表現したかったんです。

ikura:歌い出しのとおり、ほんとうに「夜の合間を縫うよう」な音楽だなって。死に向かって電車に乗っている孤独感が、メロディの余白からもすごく感じるんです。死を選ぶのはすごく寂しいことだと私は思ったので、それをどうやって歌声で表現したらニュアンスが伝わるのか探しました。最終的に、テクニックを必要とせずにシンプルに歌うことで、寂しさと年齢的な幼さが両方とも伝わるように意識しました。

──続く「好きだ」は、雰囲気がガラッと変わって、ポップに高校生の恋愛が歌われています。原作もタイムトラベルして好きな人に何度も告白するという、少女マンガのような世界観が素敵でした。

Ayase:「好きだ」の原作はタイムトラベルだったりコミカルな部分も多いんですが、本質はめちゃめちゃストレートなラブロマンスなんです。10代の恋愛に小細工はいらないというか(笑)、とにかくシンプルに作ろうと思いました。

ikura:「好きだ」は、ライブでめちゃめちゃ映える曲なんですよ。私も楽曲に没入して、乙女になって歌えるんです。相手のことが好きすぎて空回りしている自分にうんざりしたり「でも好き!」ってなったり、その行ったり来たりする感じをパフォーマンスでもみせられるようにやっています。私もライブでやっていて楽しいですし、お客さんの表情からもすごく楽しんでくださっていることが伝わってきて。

──この楽曲は最後のサビで転調します。主人公の想いもギアが一段上がったように感じられて、すごく気持ちいいですよね。

Ayase:「この曲は転調したら盛り上がるだろう」と思って作りました(笑)。でも僕、転調がめっちゃ好きな奴だと思われてるんですけど、別にそういうわけじゃないんですよ。

──転調が好きな奴(笑)。たしかに「夜に駆ける」「三原色」なども転調が効果的に使われています。

Ayase:僕はボカロPをずっとやっていたんですけど、初音ミクってソフトだからなんでも歌えるじゃないですか。今もその癖が若干残っていて、Aメロを自分の気持ちいい状態で作って、そのままのテンションでサビ作ったらキーが高すぎて人間が歌えない、みたいなことが起こるんです。それを埋めるために転調を使うことが多くて。

──なるほど。

Ayase:単純な同じキーで作ってくのが下手な説はあるんですけどね(笑)。でもやっぱり、サビでガラッと空気を変えたいじゃないですか。「ここから本番です!」と伝えたいときには転調って効果的なんですよね。「好きだ」は、それがうまくいったかなと思っています。

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アイドルは「思った以上にいいものが出た」

──ikuraさんはめちゃくちゃ歌がうまいボーカリストだと思うのですが、初音ミクとはいかなくても「普通の人なら歌えないけど、ikuraなら歌える」みたいに考えて作曲することもあるのでしょうか?

Ayase:単純にキーレンジが広い人は、他にもいると思うんです。でも、ikuraのアクターとしてのポテンシャルって、ここまでの人はなかなかいないって思うぐらい本当にすごいんです。僕は1曲にいろんな要素を詰め込みたいという欲がすごく強いんですが、曲の中で表情を変えたり抑揚つけたりするのはikuraはめちゃくちゃ上手いですね。彼女が歌うと曲が映えるんですよ。

──曲のなかで表情を変えるといえば、TVアニメ『【推しの子】』の主題歌となった「アイドル」は最たるものだと思うんです。アイドルという職業のドロッとした面とキラキラした面、両方が歌われていて。

ikura:「アイドル」は、正直、正解がわからないままレコーディングに行きました。

Ayase:(笑)。

ikura:特にラップ部分は最後まで方向性が定まらなくて。それで、レコーディングの現場で「アイドルとしてのアイが歌っているものにしよう」と決まったんです。

──すごい、本当にギリギリまでどうなるかわからなかったんですね。

ikura:アイドルとしての自分なんて、今までの幾田りらやikuraの引き出しにはないじゃないですか。何時間歌ったかわからないぐらい「どれがアイなんだろうか?」って探ってみて、今の形に辿り着きました。

Ayase:いつも、僕のなかでの正解は頭ん中にあるんですけど、それをikuraが表現できるかどうかは、やってみないとわからないし。俺が思ってる以上にいいものが出る可能性もあるし、だめな可能性も、もちろんあって。「アイドル」のときは、最初に軽く歌ってみたら「これはちょっと違うな」と思ったんです。それで「5倍ぐらいぶりっ子になって歌おう」と話したんだよね。

ikura:レコーディング中は不安だったんですよ。こんなにぶりっ子していいのかって。ちょっとやりすぎちゃったんじゃないかな、とか。

Ayase:これでikuraのこと嫌いになる人もいるんじゃないかなって。でも「この曲は嫌われなきゃダメだもんな」と思ったんです。嫌われるぐらいのわざとらしさが、結果として「アイドル」というテーマを表わすうえでバチッとはまりました。

──先ほど仰っていた「思ってる以上にいいものが出た」という実感はありましたか?

Ayase:はい、これは想像を超えましたね。作曲当初は、もっとダークな側面が強いイメージだったんですよ。冒頭もかわいいラップではなくて、ガチのラップをする予定だったんです。でもこの形がベストだったと今となっては思いますね。

ikura:私としても「ここまで自分をさらけ出せるんだ」って、まだ見ぬ自分に出会えたような楽曲になりました。

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どんな曲を書いてもikuraはきっと歌える

──『はじめての – EP』に話を戻しまして。最後の楽曲「ミスター」は人間の気持ちを理解したいと願うアンドロイドが主人公です。ikuraさんはどんな感覚で歌われたのでしょうか?

ikura:このアンドロイドは人間ではないんですが、感情に近い何かを確実に感じ始めていると原作を読んで感じたんです。だから、機械的に歌うというよりは、感情を乗せて歌うほうがいいんじゃないかと思いました。

──YOASOBIの楽曲はすべて原作があって、Ayaseさんが作詞作曲されていますが、ikuraさん自身のパーソナリティや感情をどのように乗せて歌っているのかお聞きしたいです。

ikura:小説を読んで物語に心が入り込まないと、しっかり向き合って歌を乗せることができないので、読者としての自分の感覚をとても大切にしています。そのなかで、自分が経験してきたことと、作品の共通点を見つけるんです。原作の物語を自分事のように感じることで歌えるものが確実にあると思うんですよね。

──今回の作品にも、ikuraさんご自身と通じる部分があったりしましたか?

ikura:例えば「好きだ」は、自分も勢い余った告白をしたことがあったなあって。そのときの感情の昂ぶりを思い出して、最後の「私、きみのことが」のあとは「す」が聴こえるんじゃないかってぐらい前のめりに歌ってみたり。そういった感覚的なところは、自分の経験が活きていると思います。

──Ayaseさんは、作詞作曲するなかで、ikuraさんのパーソナリティと共通する部分を意識することもあるのでしょうか?

Ayase:いえ、そういうことはまったく狙ってないですね。ただ好きな曲を作っているだけなんです。ああ、でも、それができるのはikuraを信用してるからでしょうね。

──信用しているから自由に曲が書ける。

Ayase:そうですね。どんな曲を書いてもikuraは歌えるでしょうし、それがikuraの中の引き出しになかったとしても「アイドル」のときのように、きっと見つけ出してくれるので。

──『はじめての – EP』「アイドル」を通して、YOASOBIとしての引き出しもすごく増えたのではないでしょうか。世の中からの注目もさらに高まっているように思います。

Ayase:いま「アイドル」をすごくたくさんの人に聴いていただいていますが、すべての楽曲に「アイドル」と同等以上の愛と熱量を持って作っています。それでヒットする曲はするし、ファンの中での隠れ名曲みたいになるものもあるし、それはぜんぶ世の中のタイミングだと思っていて。ただ『はじめての – EP』の4名の直木賞作家や『【推しの子】』の先生方など凄まじいクリエイターのパワーを受けて成長できた実感はあります。

ikura:『はじめての – EP』「アイドル」で1曲1曲まったく違う人を声で演じて、1人で活動していても絶対に出会えなかった自分がブワーッっと引き出されたような感じです。とにかく、ボーカリストとして財産をたくさんもらったなっていうふうに思ってます。

Ayase:あと、いまアリーナツアーをやってるのが僕らとしてはすごく大きいです。ライブをするなかで自分たちの楽曲との向き合い方も変わるし、楽曲を作っていくうえでもライブのことを想像するようになりました。

──武道館のライブは拝見したのですが、YOAOBIの楽曲はライブで演奏されることでまた進化するというか、演出やパフォーマンスも相まって楽曲がより魅力的に感じられます。

Ayase:ありがとうござます!でも、いまの僕ら、武道館のときから更に大きく成長していますよ。

ikura:そうですね、音源を聴いていただけるのもすごくうれしいですけど、ぜひライブも観てほしいです。

──これからのご活躍も楽しみにしています。本日はツアー中のお忙しいなかありがとうございました。

Ayaseikura:ありがとうございました!