SUPER BEAVER渋谷龍太のエッセイ連載「吹けば飛ぶよな男だが」/第23回「私の字」
更新日:2023/7/26
「字が綺麗ですね」
ありがたいことにそう言って頂く機会が多い。それを言われる度に正直しめしめといった気持ちになる。なぜならこの字はそう思って頂くべく、自ら計画を立てて成り立たせた字だからだ。自らの思惑通りに、人様に感じて頂けるのであれば、これほど嬉しいことはない。思惑通りなんて言うと悪いことしてるみたいだけど。
実の所、小さい頃から字が得意ではなかった。目も当てられない程汚いというわけではないのだが、誰かの目に触れるような、例えば書類に住所なんかを書く時などにおいてはちょっと恥ずかしいくらいの字のまま大人になった。何となくこのままじゃいかんと考えてはいたものの、行動に移すきっかけはなく、中途半端な気持ちをズルズルと携え生きていたのだが、ある日、字を改善しようと心に決めた出来事があった。
断っておくが、このまま若干自分に陶酔したような文章は続かないのでご安心を。何行か読んで、どこか鼻につくな、と思ったあなたも頑張って続きを読んでみて欲しい。軽く卑下してみますので。
具体的なきっかけとは何だったのですか、と訊かれてもいないのに答えさせて頂くと、かっこいいなアと思っていた人の字を見て物凄くがっかりしたのがきっかけだ。見た目も、所作も、内面もかっこいいその人は、字だけがびっくりするくらい汚かったのだ。それによってその人のことを嫌いになったり、かっこいいと思わなくなったわけではないのだが、初めてその人の字を見た時、何だか私はひどく落ち込んだ。軽く裏切られた気分にさえなった。パンダの目をしっかり見た時、思ったより強い動物の目をしていると知ってしまった時の感覚と似ていた。
この時私は既にバンドも始めていたし、もしかしたらこの先、サインなど一筆、自分の字が誰かの目に触れる機会が来るかもしれない。その時に今のままの字だったら、どうだろう。相手の立場になって考えると、自分と同じ感覚にさせてしまう可能性があると思った。うわパンダ目やべエな、的なあの感覚は実にまずい。「改革せねば」、私はそう心に誓ったのだ。
ありがたいことに、私がアルバイトしていた居酒屋は注文を手書きで受けるシステムだったので字を練習する機会はあった。なのでとりあえずお手本となる綺麗な字をいくつか頭に叩き込み、それを模して字を書きまくることに決めた。一ヶ月くらいの間、バイトとは別に家に帰ってからもノートに字を書きまくった。そして思った。わかっていたが改めて。
字、むず。
幾度向き合っても字を綺麗にするのはとても難しい。たかが一ヶ月なのでその結論に達するのは時期尚早というものかもしれないが、字は向き合えば向き合うほどに難しい。そして何より一番困ったことは、綺麗な字にはある程度の時間を要することだった。習得に時間がかかるという意味ではなく、一つのセンテンスを書くのに要する時間のことだ。殊更アルバイトの現場では、丁寧に書いている時間がないので、これは大きな問題だった。
私は考えた。しかし明確な解決策が見当たらなかった。大袈裟ではなく、一年は具体的な解決策が見つからず、ただ何となく上手に書けるようになりたいと考えながら、闇雲に字を書き続けていた。
そんな日々を過ごしていたある日。私はその時付き合っていた女の子と音楽を聴いていた。彼女は言った。
しぶや・りゅうた=1987年5月27日生まれ。
ロックバンド・SUPER BEAVERのボーカル。2009年6月メジャーデビューするものの、2011年に活動の場をメジャーからインディーズへと移し、年間100本以上のライブを実施。2012年に自主レーベルI×L×P× RECORDSを立ち上げたのち、2013年にmurffin discs内のロックレーベル[NOiD]とタッグを組んでの活動をスタート。2018年4月には初の東京・日本武道館ワンマンライブを開催。結成15周年を迎えた2020年、Sony Music Recordsと約10年ぶりにメジャー再契約。「名前を呼ぶよ」が、人気コミックス原作の映画『東京リベンジャーズ』の主題歌に起用される。現在もライブハウス、ホール、アリーナ、フェスなど年間100本近いライブを行い、2022年10月から12月に自身最大規模となる4都市8公演のアリーナツアーも全公演ソールドアウト、約75,000人を動員した。さらに前作に続き、2023年4月21日公開の映画『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -運命-』に、新曲「グラデーション」が、6月30日公開の『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -決戦-』の主題歌に新曲「儚くない」が決定。同年7月に、自身最大キャパシティとなる富士急ハイランド・コニファーフォレストにてワンマンライブを2日間開催。9月からは「SUPER BEAVER 都会のラクダ TOUR 2023-2024 ~ 駱駝革命21 ~」をスタートさせ、2024年の同ツアーでは約6年ぶりとなる日本武道館公演を3日間発表し、4都市9公演のアリーナ公演を実施。さらに2024年6月2日の東京・日比谷野外音楽堂を皮切りに、大阪、山梨、香川、北海道、長崎を巡る初の野外ツアー「都会のラクダ 野外TOUR 2024 〜ビルシロコ・モリヤマ〜」(追加公演<ウミ>、<モリ>)開催。現在「都会のラクダ TOUR 2024 〜 セイハッ!ツーツーウラウラ 〜」を開催中。
自身のバンドの軌跡を描いた小説「都会のラクダ」、この連載を書籍化したエッセイ集「吹けば飛ぶよな男だが」が発売中