うさぎちゃんもミサトさんも、この人だから生まれてきた――三石琴乃の声優論と仕事論が、ここにはぎゅっと詰まっている
公開日:2023/5/28
『美少女戦士セーラームーン』の月野うさぎ、『新世紀エヴァンゲリオン』の葛城ミサト。90年代アニメ界を代表するこの2作で、対照的な戦う女性キャラクターを演じて多くの視聴者の心を撃ち抜いた三石琴乃さん。近年は『リコカツ』『Get Ready!』など実写作品にも活動の幅を広げ、演者としてますます輝いている。
『ことのは』(イマジカインフォス)は三石さんがこれまでの人生を振り返りつつ、自身の経験に基づいた声優論にして、仕事論を語った内容だ。全6章の構成で、声優養成所で学びはじめた頃から、プロとなって少しずつキャリアを積んでゆき、気がつけば第一人者となっている現在までの日々が綴られている。
読んでいて意外に感じられたのは、うさぎちゃんやミサトさんからは想像がつかないほど、著者本来の性格が内気で、引っ込み思案であること。そのため養成所時代は人前で演技をするのになかなか慣れることができず、不安を抱えながら学んでいたことだ。
その一方で、思いきった行動力もある。
自ら頼み込んで(これはできそうでいて、なかなかできないことだ)、プロの収録現場で1年間もの長期にわたって見学をさせてもらったり、養成所の仲間たちと劇団を結成したり。
読み進めていくうちに、だんだん分かってきた。それは内気さと行動力という、対照的な性質が著者を鍛えていったのだろうということ。
内気さは言い換えれば注意深さ、そしてまじめさでもある。
『新世紀GPXサイバーフォーミュラ』(これもまた人気がありましたね)、セーラームーン、エヴァ、と人気声優の道を歩んでいくなかで、著者は常に自分自身を冷静に観察している。この人気は一過性のものかもしれない、当たり役と似たような役柄ばかりをオファーされたくない、そのためにはもっと力をつけ、成長していかなくては……と。
そういった姿勢から見えてくる仕事に対する著者の信条として、次の3つが印象に残る。
「個性というのは自分で見つけるものではなく、じょじょにあらわれてくるもの」
「基礎をなおざりにしてはいけない」
「(演じるうえで)大切にしているのは、相手との距離感」
こうして箇条書きにしてみると、当たり前に感じられるかもしれない。
しかし、著者自身が声優業界という厳しい世界で身を以て実感してきたエピソードと共に記されているため、非常に説得力がある。これらはどの業種にもいえることでもあるので、普遍的なお仕事論ともなっている。
著者の性質のもう一点、行動力が大いに発揮されているのは、本格的な俳優業への進出だ。TVドラマに挑戦して新たに得たもの、気づいたものは、女優としての今後の活躍にもきっと活かされるだろう。
友人でもある高山みなみさんとの対談、養成所時代の同期生、高木渉さん&森川智之さんとの鼎談、そしてご両親と弟さんとの三石家・家族座談会という、ファンには垂涎ものの企画も敢行。『新世紀エヴァンゲリオン』の庵野秀明監督はじめ、共に仕事をしてきた人たちからの寄稿も収録。著者のさまざまな表情を掬いとった巻頭と巻末の写真の数々がまた、魅力的なのだ。
わたしたちの心を何十年も惹きつけ続けるうさぎちゃんもミサトさんも、この人だからこそ生まれてきた――そのことを納得させる一冊だ。
文=皆川ちか