人気連載が1年間限定で復活中!令和版・解体全書 第2回:辻村深月
公開日:2023/6/5
過去本誌で連載をしていた「解体全書」が、創刊30年に際し1年間限定で復活。第一線で活躍する作家の方々がどのように〝作家〞となっていったのか、これまでの人生や、触れてきた作品、書くことと生きることのかかわりあいなどについてひもといていく。第2回は、コロナ禍1年目の天文部の少年少女たちにフォーカスした最新作『この夏の星を見る』(6月30日刊行予定)で、原点回帰とも言える青春群像劇を綴った辻村深月さんにご登場いただいた。
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2023年7月号からの転載になります。
取材・文:吉田大助
多様な作風から今や「ミステリー作家」と紹介されることは少なくなってきたかもしれないが、辻村は根っからのミステリー好きだ。ペンネームは、敬愛するミステリー作家・綾辻行人から一字を取っている。
1980年2月29日生まれ、山梨県笛吹市出身。父方の祖父母は実家で果樹農家を営んでおり、両親は公務員だった。
「祖父は桃やすももの畑を多く持っていたんですが、私が小さい頃はしいたけも作っていて、菌床をいっぱい打ち込んだ木が並んだ作業小屋でよく遊んでいました。歩いていける場所に畑があちこちあったので、そこに本を持っていって読んだり。屋外でインドアな趣味に興じる子どもでした(笑)」
学校はあまり好きではなかったそう。真面目で優等生、周囲から「いい子」と思われてしまうがゆえの鬱屈—放っておいて大丈夫と思われてしまう—は、特に初期作品で顕著に反映されている。自分で小説を書くようになったのは小学3年生の頃だ。高校3年生の秋、デビュー作『冷たい校舎の時は止まる』の前身に当たる長編小説を、ノートに鉛筆で書き進めた。
「今考えると、受験のストレスが半端なかった中での、完全に現実逃避ですよね。そのうちに私が書いているのを知ったクラスメートが、読んでみたいと言ってくれて。最後まで書き上がっていなかったんですがノートを渡したら、返す時に面白いとかすごいとかじゃなくて、“続きが読みたい”と言われたんです。そう言ってもらえた時に、自分はもしかしたらプロになれるかもしれないと初めて思いました」
高校卒業後は故郷を離れ、千葉大学教育学部に進学。部誌でショートショートは発表していたものの、執筆に本腰を入れるようになったのは大学4年生の時だ。
「就職活動からの逃避です!(笑) そこでようやくなんとか最後まで書き切ることができて、やっぱり私は作家になりたいと思うようになりました」
地元で就職後に『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞を受賞し、就職3年目の6月に講談社ノベルスから上巻が刊行されデビューした。上中下の全3巻(文庫は全2巻)からなる同作は、今春刊行のガイドブック『Another side of 辻村深月』(KADOKAWA)のアンケート企画において、「イチオシの辻村作品」として識者から最も多くの票を集めた。
「絶対に作家になりたいと思っていたので、いろんな話を書いてみようと挑戦した時期もありました。ただ、『冷たい校舎の時は止まる』は長く書く中で一番思い入れがあったし、書き終えてからも、この世界観の延長線上にあるスピンオフばかりいっぱい書いてしまったんです。何を書いても結局そうなってしまうというか、私も『冷たい校舎の時は止まる』の世界観に閉じ込められてしまっていたんでしょうね。この状況から抜け出すためには、この小説にきちんと白黒つけなければいけないと感じて、思い切って賞に応募することにしました。1300枚まで書き足して推敲を重ね、このとんでもない枚数を受け入れてくれるほぼ唯一の賞にして、受賞すれば憧れの講談社ノベルスから本が出せるというメフィスト賞に応募しました。原稿を送った後で、抜け殻みたいになったことをよく覚えています」
深刻なテーマを あえて明るく書く
その後の大活躍は周知の通りだ。2011年春に『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞を受賞、2012年夏、32歳の時に『鍵のない夢を見る』で第147回直木賞を受賞した。『かがみの孤城』は2018年本屋大賞を受賞したが、その圧倒的得票数は同賞の歴史に深く刻まれることとなった。2019年公開の『映画ドラえもん のび太の月面探査記』では脚本を執筆。プライベートでは二児の母として多忙な毎日を過ごしている。
今回、エッセイを含めた40作の著作の中から、辻村自身が選んだ「初心者向けの一冊」は『ツナグ』、「本人が思う代表作」は『かがみの孤城』だった。
「『かがみの孤城』はいろいろな読み方ができるものになったと思うんですが、私自身の着想の出発点としては、ある登場人物の絶望を食い止める話にしたい、と。その意味では『冷たい校舎の時は止まる』や『ツナグ』と共通していますし、『傲慢と善良』や『この夏の星を見る』とも繋がっていると私は思っているんです。深刻なテーマを深刻に表現するパターンもあれば、明るくやろうよっていう時もあるんですよね。『冷たい校舎の時は止まる』の後に、あえて似たような設定で書いた『名前探しの放課後』(2007年)がそうでした。『この夏の星を見る』もその方向性で、極力明るい方向に向けて表現しようと思ったものです。例えば、男子が学年で自分一人しかいない中学に通う真宙は、“空が落ちてくればいい”と絶望しています。その気持ちがどんどん掛け違っていった先には、極端な選択だってあり得たかもしれない。そうした流れを止めるきっかけとして、自分の見えている範囲の外にも世界があるという気付きをあげたかった」
絶望の深さや、それを回避したいという切実さは、他人と比べられるものではない。全てが個々にとって本物なのだ。
「作家としてのこれからの課題は、自己模倣にならないことだと思っています。ただ、新しさを追求していかなければいけないのはお話の作り方や語り方であって、テーマの部分はきっと変わらないし変わらなくてもいいのかなと。どうしたら人は絶望せずに済むのか。絶望に追い詰められる瞬間を回避するにはどうしたらいいのか、どんな言葉を自分や他人にかけることができるのか、これからも書き続けていきたいです」
誌面では1万字ロングインタビューに加え、本人が選んだ「初心者向けの1冊」と「自身が思う代表作」についての詳しいコメント、そして好きなもののリストで半生を振り返る「好きの履歴書」など、ミニコーナーも充実。作家生活19年目を迎えた辻村深月の全体像を、本誌にてぜひ確認してほしい。
つじむら・みつき●1980年、山梨県生まれ。千葉大学教育学部卒業。2004年『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞を受賞してデビュー。2011年『ツナグ』で吉川英治文学新人賞、2012年『鍵のない夢を見る』で直木賞、2018年『かがみの孤城』で本屋大賞など受賞歴多数。そのほかの作品に『傲慢と善良』『噓つきジェンガ』『闇祓』など。初のガイドブック『Another side of 辻村深月』も今春刊行。
写真:冨永智子