防衛費増額、原発再稼働、長引く不景気――元経産省官僚が報道されない真実に迫る『分断と凋落の日本』

社会

公開日:2023/6/3

分断と凋落の日本
分断と凋落の日本』(古賀茂明/日刊現代)

 夏目漱石の小説『草枕』の書き出しはあまりにも有名なので、ご存じの方も多いことと思う。

 山路を登りながら、こう考えた。
 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

 身につけた教養や知識をもとに話をすれば「意味わからん」「うざい」「それ、あなたの感想ですよね?」と言われ、他人の感情を気遣おうとするといつの間にかいいように使われた上に面倒に巻き込まれて足元を掬われる、かといって「梃子でも動かないぞ!」と意地を張っていると「面倒な人」とレッテルを貼られ無視される……100年以上前に書かれた小説だと言うのに、まるで生きにくい今の世の中を活写しているようだ。しかしこの先の文章まで覚えている人は、そう多くはないだろう。

 住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。
 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。
 越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊い。

 仕事や雑事に追われ、日々ギリギリと張り詰めた心を楽に、そして豊かにしてくれる尊い詩や絵などの芸術を楽しむ……ところが現代はそんな時間さえままならない、「そこから落ちたらおしまい」な、余白のないぎりぎりの世界だ。働けど働けど一向に上がらない給与に嘆きながら、やりくりでなんとかしている家計は各種値上げと物価高に直撃されて限界、止まらない円安や相次ぐ増税などに青息吐息、さらに打つ手がどれもこれも後手後手な上にトンチンカンな政策に振り回され、一向に改善しない様々な問題は手つかずのまま山積……もしかすると、すでに“人でなしの国”になってしまっているのかもしれない。

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 そんな今の世の中を作り出した政治が「安倍晋三元首相の負の遺産」であり「得体のしれない安倍的なもの」にあるというのが、元経済産業省の官僚であった古賀茂明氏の『分断と凋落の日本』だ。ここ数十年、停滞しているどころか凋落している日本でいったい何が起き、どうしてこんなひどい状態になっているのか、その原因を防衛費増額や老朽化した原発を再稼働する理由、株価は高いのになぜか好転しない景気がどうして続いているのかといった現在問題になっている事例を取り上げて、これまでに起きたことや大きく報道されない不都合な真実を盛り込み、全6章、350ページの大ボリュームで明らかにしていく。

 とにかく読み進めれば読み進めるほど、暗澹たる気持ちになる本である。トドメは第6章にあったこの言葉だ。

2023年2月に会食したある財務省幹部OBはこう言った。「古賀さん、僕は、本当に3年以内に日本は破綻すると思いますよ。絶対に」。

 だがそんな事態はなんとしても食い止めねばならない。古賀氏はその第6章に日本がこれ以上凋落しないための処方箋を記している。その内容はとにかく劇薬であり、楽しい気分にはならないだろう。しかし今こそ「安倍晋三元首相の負の遺産」「得体のしれない安倍的なもの」に決別しなければ、このまま沈んでいくことは止められないと古賀氏は繰り返し指摘している。

 本書を読んでいると「どうせ……」と厭世的になりそうだが、『草枕』にあるように、ただの人が作った人の世であるのならば、良くするのも悪くするのもただの人たちである。自分に何ができるのか、一人ひとりが日本の将来について考えるきっかけとして、多くの方にお読みいただきたい“喫緊の課題”図書だ。

文=成田全(ナリタタモツ)