『パンどろぼう』柴田ケイコさん最新作は、フライパンから登場するパンダ! パンダのおさじが教える「料理が楽しくなる」方法とは?《インタビュー》
公開日:2023/6/4
「パンどろぼう」シリーズや「ぽめちゃん」シリーズの絵本作家・柴田ケイコさんが、新作『パンダのおさじとフライパンダ』(ポプラ社)で描くのは、パンダのおさじが料理人のクーさんに伝える“楽しくなる”呪文——。
ちっぽけな料理店の料理人くまのクーさんは、最近、料理をつくるのがおもしろくなくて、お店は今日もがらがら。そんなとき、ある不思議なお店で、パンダの見た目をしたフライパンに出会います。その「フライパンダ」を開くと、なんと、中から小さなパンダが出てきました。パンダのおさじはクーさんに、料理が楽しくなる呪文を教えてくれるのですが…? 柴田さんにお話をうかがいました。
(取材・文=吉田あき 撮影=後藤利江)
パンダのおさじが生まれるまで
——今回登場するのはパンダのおさじ。このキャラクターはどんなところから生まれたのでしょうか。
柴田ケイコさん(以下、柴田):ポプラ社さんの『1分えほん』という絵本に「てくてくパンダくん」という短いお話を描いたことがあり、「パンダで絵本を描きませんか?」とご提案をいただきました。目玉は描かないほうが可愛いなと思っていたので、そこは『てくてく パンダくん』と同じ。口とその周りはピンクにしました。本物のパンダはそうではないと思いますが。
——たしかに本物とは違うかもしれませんが、ピンクがいい感じです。
柴田:目や耳の黒とあわせたときに、赤よりはピンクのほうがやわらかいかな~と、感覚で描いているので深い理由はないんです。でも「おさじって、ここがピンクの、あのパンダですよね」みたいなイメージを定着させたいなと思って。頭よりも胴体が大きくて…みたいな忠実なパンダにしたくなかったというのもありますね。おさじくんは、手のひらサイズのちっちゃなパンダがいたらいいな~という、私の理想のパンダ像です。
——小さなパンダ、子どもたちも好きになってくれそうです。あえて忠実に描かないというのは、どのような思いから?
柴田:忠実に描けないのもあるし…(笑)。忠実に描くとキャラクターとして生きない気がするんです。個性を生かすなら、忠実ではないけどパンダってわかるようなキャラクターがいいなと。そういうアンバランスさがシュールになると思うので、そこはいつも大事にしています。
——まさに忠実すぎないところに「おや?」と目が留まる気がします。「おさじ」という名前も耳に残りやすいなと。
柴田:「おさじ取って」ってよく言いますよね。料理で必要なものをいくつか出したときに、「おさじ」はネーミング的にいいなと思って。子どもの頭に入りやすい名前がいいなと思うので、名前はいつもシンプルに考えています。
子どもの気分で描いた“やらかし”ページ
——ユーモアたっぷりのお話で、今回も後半に予想外の展開が…。ストーリーはどのように生まれたのですか?
柴田:以前、フライパンから小さなパンダが出てくる絵をオリジナルで描いたことがあって。それが本当にあったら可愛いなあと。まあ、妄想ですよね(笑)。
——その小さなパンダたちが「アー! アー! アー!」と言いながら、ミルクをこぼしたり、グラスにぶら下がったりして、お店はめちゃくちゃに。クーさんは驚いたような表情で…。
柴田:調べたら、実際の赤ちゃんパンダも「あーあーあー」とすごく大きな声で泣くらしいんです。本書の小さなパンダたちは、“やらかし”がすごいですよね(笑)。上から卵を落としている子がいたりして、すごく楽しそう。子どもってこんなことしたら楽しいんだろうなと思いながら、子どもになった気分で書きました。
——そういえば、子どもって卵を割りたがりますね。この場面は、クーさんが料理を楽しめるようになってから、もうひとつ盛り上がるところで。ここからラストに向けて、ちょっとホロリとする展開も…。この場面からストーリーが組み立てられていったとは意外でした。
柴田:そうなんです。そこから別の場面はすぐに思い浮かびましたね。フライパンダだから、お料理は全部パンダになればいいやって。それから深く話を詰めていって、クーさんが料理を楽しめるようになるだけじゃおもしろくないから、おさじくんを通じてクーさんの成長を感じられるような終わり方にしたいなと。
パンダのおさじの呪文——自分の気持ちしだいで楽しくなれる
——おさじとクーさんの関係も素敵で、おさじはクーさんが料理を楽しめるように呪文を教えてくれますね。パンダの形をしたフライパンダの蓋をしめて「アポパイ ポコパイ パンパンパン パンダッチュのポー」と踊りながら呪文を唱えると、クーさんは楽しい気持ちになってきて、蓋をあけると、なんとパンダハンバーグが完成します。このお話に呪文やダンスを入れようと思った理由とは?
柴田:私は落語が好きで、『死神』という落語に呪文が出てくるんですよ。「アジャラカモクレン テケレッツのパー」と唱えて手を叩くと、死神が消え去って病人が元気になるという。料理も「おいしくなあれ」って呪文のような言葉を唱えながら作ることがありますよね。クーさんはお料理が楽しくなくて悩んでいるから、元気になれるような呪文を入れたら話が深くなるぞと思って。ダンスも入れたら読んだあとに思い出しやすいかも…と。このあたりは足し算で入れていきました。
——たしかに「おいしくなあれ」って呪文のようですね。
柴田:そうですよね。ただ、この絵本は料理がうまくなるために作ったわけではないので、「おいしくなあれ」をそのまま入れるのではなく、料理が楽しくなるきっかけを作るような呪文にしました。この呪文を子どもが覚えて「アポパイ ポコパイ……じゃあ、お母さんが料理を作っている間、私は踊ってるね!」と、毎日をただ楽しめるようなきっかけを作りたくて。何かを深~く考えるというより、気軽に楽しめるお話にしたつもりです。
——実際に子どもと一緒にこの呪文を口にしたりダンスを踊ったりすると楽しい気分になります。料理にかぎらず、子どもの機嫌をとりたいときにも使えるなと。
柴田:本当に、気持ちひとつで物事のとらえ方が変わると思うので、いろいろな場面で使ってもらえたら。
——柴田さんご自身は、お子さんが小さいときにどんな時間を一緒に楽しんでいましたか?
柴田:私、いつも仕事に追われていて、なかなか子どもとゆっくり過ごすことができなかったんです。楽しい気分にさせるために工夫するようなことは、あんまりなかったかもしれない。子どもと思いきりコミュニケーションをとっていたのは毎晩の絵本の読み聞かせくらいですね。子どもがお膝の上にドスンと座って「読んで」と言ってくるんです。「今日は何冊?」と言われて「今日は3冊でお願いします」と(笑)。
あと、思い出にあるのは、『つみきのいえ』という絵本の真似をしてお風呂で遊んだことです。水が増える町で、家をどんどん上に作っていくお話で、入浴しながらプラスティックのコップを重ねていって「『つみきのいえ』と同じだねえ」って。
——可愛いエピソードですね。ふと思うのですが、子どもはもともと楽しいことをたくさん知っていますよね。不機嫌にさせちゃうのはいつも大人のほうで。
柴田:そうですそうです。子どもって別に、いたずらをしても悪いとは思ってなくて、楽しいからやっているだけ。つい叱っちゃうんだけど…。今思えば、思いっきりはめを外してもいいよ! っていう日を作ってあげれば良かったなって思いますね。
楽しいことを見つけてほしい。絵本がそのきっかけになれば
——絵本の世界観に入ってみるのって楽しいですね。
柴田:楽しいと思います。だから、今回の絵本に描いてあることも実際にやっちゃっていいと思うんです(笑)。呪文のダンスもそうですし、パンダハンバーグを一緒に作ってもいいし。
——今日は叱らない日と決めて。
柴田:そう。ここからここまでなら遊んでもいいよ、道具はこの中から使ってねってルールを決めて。コップなんかは割っちゃうと危ないから…。私自身も、おさじくんが本当にいたらいいな~と思いますよ。お料理なんて、今は子どもが高校生になったので、とにかく胃に入れてくださいという感じで、惰性で作っちゃうので(笑)。
——まさに、おさじの呪文を唱えたくなる場面ですね。
柴田:そう。クーさんじゃないけど、仕事をしているときも、自信がないときはあるし、これでいいのかしらって迷うときもある。そういうときに「大丈夫大丈夫」って自分に言い聞かせるんです。まあ、なんとかなるよ! って。それも、ひとつの呪文かなと思います。子どもにも不安や心配なことはいっぱいあると思いますが、自分しだいで気持ちは変わると思うんです。だからこそ、ちょっとしたことで楽しい気持ちになれるお話を作りたいなと。それが、絵本を作るときの原動力になっているような気がします。
——今回の絵本でいえば、呪文は誰にでも簡単にできるし、それで楽しくなれるのはいいですね。今は、誰かにあわせるより自分の楽しみを優先しよう、という世の中の流れにもなっていますし。
柴田:はい。せっかくなら、とことん突き詰めてほしいですね。子どもにもそれが求められていると思うし、私自身も楽しんでいたいんです。この絵本のように世の中にまだないものを考えるのはワクワクするし、自分がワクワクするものを作品に落とし込めたらしあわせ。それを共有してくれる読者が増えたら、これ以上のしあわせはありません。
——ご自分がワクワクできることを、そのまま絵本に。柴田さんの絵本がいつも楽しい理由が伝わってきたような気がします。
柴田:キャラクターにしても、よくある可愛いものや美しいものは描けない…というか、あまり興味がなくて。それよりもシュールな絵のほうが描いていて楽しいんです。編集者さんが客観的にとらえてくださる意見を大切にしつつ、自分でいいなと思える軸はブレないようにして、描きたいものを描けていけたら。教育的な絵本は私には描けないので…。読み終えてパタッと閉じたときに、すごく楽しかった! と言ってもらえたら、とてもうれしいです。