どんどん近づいてきている? ついに「@窓の外」のメッセージが。そして、きいきいと窓を削る音が聞こえた/名著奇変(山月奇譚)⑥

文芸・カルチャー

公開日:2023/6/20

名著奇変』(柊サナカ、奥野じゅん、相川英輔、明良悠生、大林利江子、山口優/飛鳥新社)第6回【全8回】

日本文学の名作を若手実力派作家たちがリメイクした、短編ホラーミステリ集『名著奇変』(柊サナカ、奥野じゅん、相川英輔、明良悠生、大林利江子、山口優/飛鳥新社)。ベストセラーのDNAを存分に活かしながら、現代の小説家が極上のミステリーに生まれ変わらせました。その中から、中島敦『山月記』をベースにした『山月奇譚』(山口優:著)をご紹介。じわじわと追い詰められていくような感覚に陥る現代ホラーをお楽しみください。

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名著奇変
『名著奇変』(柊サナカ、奥野じゅん、相川英輔、明良悠生、大林利江子、山口優/飛鳥新社)

 それから、李徴子はメッセージを送らなくなった。

 正確には、@より前の、意味ある言葉を送らなくなった。

「@御茶ノ水駅改札」

「@茗渓通り」

「@聖橋交差点」

(こっちに向かってきてる……!)

 私はスマホを取り落とした。慌てて拾う。ドアの鍵を調べる。

(閉まってる。大丈夫……)

 何が大丈夫なんだろう?

 まさか、李徴子が私に何かしに来たとでも?

(いや、単に話を聞いてほしくて私の所に来ただけかも)

 でも、だったら、普通は「今からそっちに行っても良い?」とか聞くものではないか?

 なぜ何も言わず、@で自分の居場所だけを告げるのだろう。

 私は窓の方に行った。窓の鍵も―。

(大丈夫。閉まっている)

「@窓の外」

 ついにメッセージが来た。

「窓を開けてトラ。今のRI☆CHOの姿を見てほしいトラ@窓の外」

「いや、待って。来るなら普通に玄関から来てよ。なんで窓の外なの?」

「開けてくれないトラね……。だったら実力行使トラ@窓の外」

 そのメッセージと同時に、きいきいと、窓のガラスを削る音がした。

 きいきい。

 きいきい。

(……窓に穴を開けて入ってくる気だ……)

 私はおそるおそるカーテンを少しだけ開いた。

 そこに、RI☆CHOがいた。

 断じて李徴子ではない。

 なぜなら彼女は、コートの下に、VチューバーRI☆CHOのコスチュームと同じようなトラ柄バニースーツを着て、トラミミもつけていたからだ。

 目は血走っており、手にはマイナスドライバーを持っていた。それで、鍵のところを削っていたのだ。

 きいきい。

 きいきい。

「こんばんは、トラ」

 RI☆CHOが言った。人喰いトラが。悲しそうな顔で。背中には、バールのようなものを、たすき掛けに背負っていた。

 李徴子は思い詰めていたのだ。

 秘密を知る私を生かしておけないと思ったのだ。

「ひぃ……」

『私』は、尻もちをつき、気を失った。

<第6回に続く>

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