一夜限りの関係は朝ごはんまで。卵サンドやお茶漬けが無性に食べたくなるグルメラブストーリー
公開日:2023/6/25
「ワンナイト」という言葉に、良い印象を持つ人はあまりいないだろう。一夜の過ち、体目当て、行きずりの関係、起きてから少し後悔する朝……軽率で、ちょっとだらしないイメージ。しかし、実際はワンナイトと一言に言っても、人によって様々なドラマがあるのかもしれない。
『ワンナイト・モーニング(ヤングキングコミックス)』(奥山ケニチ/少年画報社)には、ワンナイトという言葉のイメージを大きく変えるだけの力がある。
当作品は、様々な登場人物たちの“ワンナイト”に焦点を当てたオムニバス形式の漫画だ。作中では様々な人物が登場するが、その夜の描かれ方は多様である。関係が深まることもあれば、一晩きりでお別れすることもある。嬉しくなったり、ときめいたり、切なくなったり、懐かしくなったり。読んでいると、ワンナイトという言葉の予想外の奥深さに驚く。
ワンナイトの翌朝に食べる朝ご飯のシーンも素敵だ。くるみパン、ツナトースト、お茶漬け、蕎麦、自家製の糠漬け、普段はなんでもない食事が、その日だけはなんだか特別なもののように思えてくる。
作中では様々な人物が描かれるが、巻数を追うにつれて、ワンナイトの続きが描かれる二人も多数出てくる。多種多様な人物模様、誰しも“お気に入りの二人”のようなものが生まれるのではないか。ワンナイトを繰り返しながら、関係を深めていく二人にときめくシーンも多々ある。
ちなみに私の一押しは、コンビニ店員の満島さんと重松君だ。それぞれにコンプレックスを持つ彼らは、ひょんなことから気を許し合う仲になる。一見明るくてモテそうな満島さんは、胸が大きなことでからかわれたり、「肉まん」というあだ名をつけられたりと、嫌な思いをしてきた。そんな彼女は、コンビニで余っている肉まんを見ると他人事のように思えず、つい買ってしまうのだという。そんな経験を知っていたからこそ、夜勤明けに二人で食べる朝ご飯の肉まんには特別な意味があった。その後も、お互いに意識しながらも、なかなか打ち明けられないまま、両片思いのような時間が過ぎていく。焦れったくてむずむずするのだが、それがいい。気がつけば内気で地味な重松君も可愛く見えてくるのが不思議だ。
牛尾君とたまこちゃんの関係も良い。他人に誤解されやすい牛尾君と、内向的で我慢しがちなたまこは、お互いに惹かれ合うようになる。しかし、たまこちゃんには厳格な両親がいて、ヤンキーにしか見えない牛尾君に対してひどいことを言う。最初は物分かりが悪い両親や自分の都合で姉に意見する弟たちの姿にイラッとくるのだが、読み進めているうちに気がつけば彼らのことも好きになっている自分がいる。どんな人に対しても愛のある描き方をしているおかげか、どの話もすごく読後感が良い。
世界は、こんな愛すべき人と夜に溢れているのか、と温かい気持ちになる作品だ。
文=園田もなか