謎解きと鮮やかな伏線回収が気持ちいい! アニメ化で話題の近未来SF冒険譚『天国大魔境』
更新日:2023/6/12
荒廃した近未来の日本を、少年・マルと“おねえちゃん”ことキルコのふたりが旅するアドベンチャーコミック『天国大魔境』(石黒正数/講談社)が今アツい。
2018年から連載が開始し、2019年には「このマンガがすごい!」のオトコ編第1位を獲得。すでにある程度の知名度があったのだが、この2023年春にTVアニメ化され、一気に話題になっている。アニメの話数を重ねるにつれて、原作未読の人々は引き込まれていき、原作ファンは映像と演出において驚いているのである。
かく言う私は原作未読であったが、アニメの2話を見た時点で我慢ができず、単行本を揃えてしまった。そうさせる魅力がこの作品にはある。
廃墟のビルが残る世界を、バディ(相棒)の男女が旅する物語。一見、王道な冒険譚ではあるが作品の構造は複雑で、作中には多くの謎や伏線がちりばめられている。ただ本作の魅力は謎解きだけではない。他にもストーリー展開、世界観、設定、そして生き生きとしたキャラクターたち、これらすべてが読者をぐっとひきつける。
なお、できる限り謎解きにならないよう紹介していくが、なにぶんにも本作の特性として、何を書いても多少のネタバレになってしまうのは予めご容赦いただきたい。
天国と大魔境をサバイブする物語
壁に囲まれた学校のような施設で、子どもたちが暮らしている描写から物語が始まる。そこでは日々穏やかな時間が流れていた。学園の生徒であるトキオはある日、「外の外に行きたいですか?」という謎のメッセージを受け取る。「学園の外に世界が広がっているのか」という疑問を、トキオは園長先生と呼ばれる施設の代表に思い切って話してみた。園長先生の答えは「外はあります。ただ、あさましい怪物がうごめく汚れた世界、地獄です」というものであった。
場面が変わり、廃墟と化した建物が残る荒廃した街にトキオにそっくりの少年・マルがいた。その隣には、彼が“おねえちゃん”と呼ぶキルコがいる。ふたりは“天国”を求めて“魔境”と化した日本を旅していた。彼らがいるのは全地球規模の大災害から15年が経った世界で、そこには“人食い”と呼ばれる謎の化け物も巣食っていた。
この世界で便利屋を営むキルコは、謎めいた女性・ミクラから「この子を“天国”に連れて行ってほしい」という依頼を受け、マルを預かっていた。しかしミクラはそれからすぐ亡くなってしまい、その言葉以上のことは分からない。マルは「“天国”には自分と同じ顔をした人物がいるらしい」と言うものの、それ以上のことは何も知らない。その状況でふたりは“天国”を見つける旅に出たのだった。
物語は「外は地獄」という施設内の世界と、“天国”を探してふたりが旅する荒廃した世界が同時並行で描かれていく。
超人的な能力と秘密を持つ少年少女たち
ここで登場人物について解説する。マルは明るくて少しスケベな性格の15歳の少年だ。しかし、彼は“人食い”という存在に対抗できる超人的な能力を持っている。マルは“人食い”と戦い、天国について探りながら、その場所を目指している。
マルの旅の同行者はキルコ。“おねえちゃん”と呼ばれる年上の女性で、男勝りでざっくばらんな性格。いざ戦いになると、クールに戦略を練り、得意の射撃で正確に敵を撃ち抜くのだ。キルコは「ある目的と秘密」を抱えながら、マルとともに旅をしていた。
マルとそっくりなトキオは他の子どもたちと施設で暮らしている。施設内は静謐で美しい世界が広がっており、そこで暮らす彼らは一見普通の10代の少年少女だが、異常なほど純粋で無垢。一般的な常識やお互いの性差すら分かっていないようなのだ。さらに、彼らの中には特殊な能力や並外れた身体能力を持った者も存在する。この子どもたちの正体は何なのだろうか。序盤ではなんの説明もない。それでも、トキオと彼の仲間たちが考え、行動し、成長していく様子が丁寧に描かれる。
マルもキルコもトキオも施設内の子どもたちも、それぞれが『天国大魔境』の鍵となる秘密を抱えており、それは物語とともに少しずつ明らかになっていく。
ふたつの世界を縦横無尽に行き来する展開と鮮やかな伏線回収に注目
原作も未読で、アニメも見たことがない人は、ここまで読んでも「謎がてんこ盛りすぎる!」「何も分からない!」という感想を持つかもしれない。だがすでに原作を読んでいる私にとっても、いくつかの謎や秘密の答え合わせや伏線回収が行われているにもかかわらず、まだまだ謎だらけの作品だ。続きが気になって仕方がない。
『天国大魔境』は謎に満ちており、いわゆる「考察」をしないではいられない作品だ。物語はマルとキルコの旅する大災害後の世界と、トキオたちがいる施設内の世界とが、交互に、同時並行で描かれていく。この同じ顔の人物がいるふたつの世界はどのようにリンクしていくのか、まずこれが本作の最大の謎であり、伏線となっている。そして扉絵にも、ひとつひとつのコマにも、作中に登場するさまざまなものにも情報や意味が巧みに隠されていることは最後に書いておきたい。
私たち読者は作品中で提示された謎に対して、仮説を立て、読み返して手がかりを探す。この謎解きの過程で興味や驚きがより引き出されていく。だからこそ、謎が解けたときや鮮やかに伏線が回収されたとき、以前の話を読み返してそれらに気づいたとき、パズルのピースがバチッとはまるような快感を覚えるはずだ。本作を読んで、この気持ちよさをぜひとも味わってほしい。
文=古林恭