ナイツ塙、義父は「会話をしようにも、すべて宇宙の話になっちゃう」。年配の人との人間関係のコツ《インタビュー》
公開日:2023/6/10
現在、妻と3人の子どもたち、そして義理の両親と都内の一軒家で暮らすナイツの塙宣之さん。1階には義理の両親、2階には塙さん一家が暮らす二世帯住宅だ。
この生活は、幸せでありながらもちょっとおかしな出来事にあふれている。その中心にいるのが、義父にあたる静夫さんだ。「笑い声は『ギギギギ』」「布団の上で飯を食う」「注射と聞くと部屋に籠城」など、強烈な個性を放つその存在は、塙さんがレギュラー出演するラジオ番組でも取り上げられ、ファンの間で広く知られている。
そんな静夫さんとの笑いと困惑が絶えない日々を、愛ある筆致で綴ったのが『静夫さんと僕』(徳間書店)。刊行にあたって、塙さんにインタビューを行った。
取材・文=野本由起 撮影=島本絵梨佳
同居を提案したら、静夫さんは「やだー!! やだー!!」って
──あらためて、塙さんが静夫さん、やす子さんという義理のご両親と同居するに至った経緯を教えてください。
塙宣之さん(以下、塙):もともと静夫さんとやす子さんは、おふたりで団地に住んでいたんです。うちの奥さんは3姉妹の長女で、僕が結婚した頃からふたりの妹には9人の子どもがいて。正月にみんなで団地に集まると、ちょっと狭かったんですよね。近所に住んでいるんだから、みんなで集まれる家があったら喜ぶだろうなと思っていました。
それに、おふたりとも高齢ですし、静夫さんは脳梗塞を患っていましたから、エレベーターのない団地の4階まで上り下りするのもひと苦労。そこで、うちの奥さんに「ちょっと家を建てようかなと思って」と話して、団地の近くに家を建てることにしたんです。義母のやす子さんにその話をしたら、「本当に!? 嬉しい!!」とすごく喜んでくれたんですが、静夫さんは「やだー!! やだー!!」って。
──え、なぜですか?
塙:自分のペースが崩れるからでしょうね。団地の近くにはお気に入りのスーパーもあるし、生活が変わっちゃうのが嫌だったみたいです。でも、今の家も団地から近いんですけどね。「俺は絶対にやだ!」となって大変でした。
──それを説得して同居されたんですね。
塙:奥さんもそうですが、奥さんの妹ふたりが「何言ってんのよ。せっかく家まで建ててくれるって言ってるのに」って説得してくれました。
──塙さんご自身は、義理の親との同居に抵抗はありませんでしたか?
塙:なかったですね。玄関はひとつですけど、生活が1階と2階でわかれているので、ずっと一緒にいるわけでもないですし。気にならなかったです。
──そして、二世帯住宅での生活が始まり、このたび本まで刊行することになりました。この本を出すことは、静夫さんもご存じなんですよね?
塙:もちろんです。静夫さんも僕と一緒に何度もインタビューをしていただきました。
──静夫さんの本を出すとお伝えした時、どんな反応でしたか?
塙:どんな反応だったかな。いつも笑ってるだけで、会話にならないんで(笑)。「静夫さん、今度本を出すんですけど」「え? ああ。えぃえぃ」みたいな感じ。何度か取材していくうちに、「あ、本になるんだ」ってわかったんじゃないかな。ライターさんが取材してくれたんですが、最初はずっと話を聞いてくれるだけの人だと思ってたみたいです(笑)。話すのは大好きなんですよね。
──形になったものは、まだお読みになっていないのでしょうか。
塙:まだ見てないです。どういう反応が来るか楽しみですよね。
9年同じ家に住んでいるのに、いまだに生活サイクルがわからない
──これからこの本を読む方に向けて、あらためて静夫さんがどんな方なのかご紹介をお願いできますか?
塙:静夫さんは奄美大島の生まれで、高校卒業後に上京したようです。本人があまり言わないのではっきりしたことはわからないんですけど、絵の道に進みたくて東京に来たみたいです。でも、夢を抱いていたものの、結局そんなにうまくいかなくて東京でギャンブルなんかも覚えちゃって。そこで今の奥さんと出会って、子どもが3人生まれました。あまり職に長く就かない人で、いろいろな仕事を点々として、最後にタクシーの運転手さんをやっていて現在に至ります。
──性格はいかがでしょう。
塙:本当にマイペースで、自分の縄張りみたいなものがあるんですよ。僕が今まで生きてきた中で、こういう人に出会ったことがなかったので、もうわからないことばかり。9年も同じ家に住んでるのに、いまだに何時に寝て、何時に起きてるのか生活サイクルがわからない。僕が一瞬外に出て帰ってきたら、玄関に水がまかれて水浸しになっていたりするんですよね。
あと、町で拾ってきた雑草を花瓶に入れて、家じゅうに置いています。静夫さんたちが暮らす1階のお風呂もジャングルみたいで、一緒に住んでるやす子さんは当然入れないんですよ。だから、やす子さんは今、僕が隣に借りた作業部屋のお風呂に入りにきています。自分の縄張りを思い通りにいじりたい欲がすごく強いんでしょうね、静夫さんは。アートとしてやっているのか、みんなを喜ばせようとしているのか、よくわからないんですけど。
──聞けば聞くほど不思議な方だなと思いますが、それでも一貫した何かを感じます。
塙:何かがあるんでしょうけど、それがまだちょっとしかわからないんです。話をしても、すぐ宇宙の話になっちゃう。ぜひ今度うちに来てください。もう全然話にならないので。「静夫さん、なんで草を集めて並べてるんですか」って聞いても、「のぶたん(静夫さんによる塙さんの呼称)、地球と太陽って何キロ離れてるかわかる?」って。「わかんないですけど」って言うと、「分子とか粒子がこうなってて……」みたいな話になる。「そうじゃなくて、なんで花瓶に草を集めて入れてるのか聞きたいんですけど」と言っても、「まぁまぁまぁまぁ」って。9年間ずっとそんな感じ。もうわけわかんない!
きっと、もう「宇宙なんだよ」ってことなんでしょうね。「草も花もみんな生きてるんだよ」と。でも、それを家に置くために取ってきたら、生きてるものを殺してることになるんだけどなとこっちは思うんですけどね。「勝手に殺したらダメでしょ」って思ってるんですけど、あんまり言えない(笑)。哲学的なところとアーティストっぽいところを兼ね備えた人なのかもしれないですね。
──著書には、静夫さんが生けた草の写真も掲載されていますね。素敵と言えば素敵に見えますが。
塙:そう、気持ち悪いものではないんですよ。生け花とかやったらうまいんだろうなと思います。家にあるものを使って、ヤクルトの容器に1本だけ草を入れたりね。
あと、サッポロ一番のしょうゆ味が大好きで、一度に2玉食べるんです。ほぼ毎日食べるから部屋にサッポロ一番の匂いが染みついてて。しかも、食べ終わったあとの銀のフィルムを丸くして、庭じゅうにカラスよけとしてぶら下げていたこともありました。帰ってきたら庭がゴミ屋敷みたいになってるから、何かと思いました。静夫さんに「近所迷惑だし、やめましょうよ」って言うと、また「えぃえぃ」って。本当、めちゃくちゃな人です。
──近所付き合いはあるんですか?
塙:静夫さんはほとんどしてないです。脚が悪いから、年々外に出なくなっていて。団地に住んでた時は、まだ自転車も漕いでたんですよ。脳梗塞ではあったんですけど、体はまあまあ動いてた。ただ、最近まったく外に出ないのも、体の問題というより「太陽の光を浴びてるだけで楽しいから、もういいんだ」ってことみたいです。1階の仏間の縁側で、朝から夕方までずっと座ってます。
──その一方で、「ご縁を大切に」とお話しされるなど静夫さんの深い人生観も感じられます。
塙:そうですね。いいことをおっしゃいます。「縁が大事」って。
──作中では、そんな静夫さんとのいろいろなエピソードが語られています。塙さんの愛車を穿き古したブリーフで拭いていた話は、思わず笑ってしまいました。
塙:そのブリーフの写真も載せようと思ったんですけど、家族に止められました(笑)。
──他にも、注射をすごく嫌がったり、顔が血まみれになるくらいスポンジで洗ったり、いろいろなエピソードが綴られています。
塙:台所のメラミンスポンジを、メラニン色素が落ちるものだと勘違いして顔をこすって血だらけになったらしいですね。ちょっと考えればわかりそうなものですけど。
ただ、そんな静夫さんも僕が結婚した人のお父さんなんですよね。しかも、僕の子どもたちにも静夫さんの血が流れているわけです。そのことは意識しますね。
お年寄りが話をしてくれるのは、僕らへの愛情
──本書を読んでいると、静夫さんは個性的ではありますが周りを不快にせず、温かい笑いを振りまく方だとわかります。とはいえ、生活を共にしていると、イラッとすることもあるのではないでしょうか。
塙:ありますよ。本にも書いてありますけど、5000円くらいかけてガソリンスタンドで洗車してきたら、次の日に静夫さんが水滴だらけにしてしまうわけですから。
──そういう時は、どう対処しているのでしょうか。
塙:コツとしては話さないってことですね。話すと腹立つので。諦めるというのが、ひとつのテクニックです。
まぁ、向こうも悪気はないんですよ。ただ、聞いても会話にならないし、話し出すと本当に長いので。僕も生活スタイルが合わないし、1階と2階でバラバラに暮らしているので、最近はあんまり話さなくなっていますね。
──あとがきには、「たまには静夫さんとじっくり話そうと思うこともある」とも書かれていましたが。
塙:そうですね。太陽とか宇宙とかじゃなく、普通の話を1回してみたいんですけど。この十数年、ずっと太陽と宇宙の話しかしてませんから。結婚した時に、奥さんの妹の旦那さんふたりに「宇宙の話しかしないよ」って言われてたんですけど、本当にそうだった。
最近まで、静夫さんのリハビリで理学療法士の若いお兄さんが家に来てたんですけど、ある日、突然来なくなって。宇宙の話しかしないから怖くなったみたい(笑)。2時間くらい、逃げられないじゃないですか。耐えられなくなったのか、もう来なくなっちゃった。
──話し出すと止まらないわけですよね。
塙:止まらないですね。漫才協会の師匠もそうですけど、年配の人って話が止まらなくなるんですよ。その話を聞かなきゃいけないというストレスはありますね。こっちが話をしたいと思っちゃいけない。
僕の母親もそうで、一方的にワーッと喋ってくるんです。そんな母親が、人の話を聞く傾聴ボランティアに行ったそうですが、気づいたら自分の話ばっかりしてしまうので、スタッフからめちゃくちゃ怒られたらしい(笑)。悪気はないし、気のいい人なんですけどね。
そういう人が、僕の周りには多いんですよ。マセキ芸能社の会長もそうでした。朝、電話がかかってきたら1時間くらい喋りっぱなし。「昨日見た? あの番組」から始まって、「ウッチャンナンチャンが『夢で逢えたら』(1988年から放送されたバラエティ番組)に出た時、僕は今の社長と当時のマネージャーで現場に行って」みたいな話を、もう暗記できるくらい聞かされて。「同じ頃にハイヒールがダウンタウンと出てきて、西のハイヒールで東のピックルスって言われていたんだ。ピックルスでは、今はモロ師岡の奥さんになった楠美津香がスケバンの格好してネタやってた」って毎日聞かされるんです。そういう経験があるから、年配の方は話すものだと思ってます。
──ずっと同じ話を聞くのは大変では?
塙:皆さんにも、話が長い年配の上司がいらっしゃると思うんです。そういう人の話を止めるコツは、相手以上の熱意で喋ること。そうすると、急に話をやめるんです。もちろん、ある程度は聞かないといけないですよ? マセキ会長の話も聞いたうえで「社長、楠美津香さんって、実はこうで!」と熱く語ると「はいはい」って。この20年間でそういうテクニックを身につけました。
──話の腰を折ってはいけないと思い、ずっと聞いていました。
塙:思いっきり折ればいいんですよ。鯖折りぐらいの勢いでへし折る(笑)!
ただ、相手が話してくれるのは、愛情なんだってことも忘れちゃいけないですよね。ラジオ番組のゲストも、喋ってくれるほうが円滑に進むし、こっちも助かるんです。全然喋らずムスーッとしてて、好きな食べ物を聞いても「うーん、ないね」っていう人のほうが難しい。お年寄りが喋ってくれるのは、その場を円滑にしようとしてくれる愛情なんですよ。聞く側が「またこの話してるよ」って引いてるだけであって。
そういう若者が多くて、僕は腹が立ってるところもあるんです。若手芸人が師匠と話す時、「変なオヤジが来た」とぞんざいに扱ったりするじゃないですか。さすがにそれはダメだし、ちゃんと話を聞いたほうがいい。師匠が真面目に話そう、何か伝えようとしてくれているのに、「そうなんっすか、はぁ」っていうのは、相手を馬鹿にした態度ですよね。きちんと聞いたうえで、何度も何度も同じ話をされるようだったら、さっきの方法を使えばいいということです。
──最近は、年が離れた方々との交流が減り、同年代の人、同じような職業の人だけで人間関係を作る傾向があります。塙さんは漫才協会の諸先輩方や後輩の芸人さん、静夫さんややす子さんなど幅広い年代の方々とお付き合いされていますよね。会話やコミュニケーションをするうえでのコツはありますか?
塙:ラジオ番組をやっていると、毎日ゲストが来るじゃないですか。こっちはホストなので、ゲストについて毎日調べて、その人の話を聞くわけです。70代の和田アキ子さんが来たと思ったら、次の日は30代の芸人が来る。毎日違う人を相手にする仕事なので、もしかしたら人の話を聞く癖がついているのかもしれないですね。僕は普段あまり本を読まないので、そうやっていろんな人たちの話を聞くと自分も体験したような感覚になれる。それは楽しいですね。
ただ、本当に聞きたいことが何なのかわからないまま、ゲストを呼んで話している時もあるんですよ。自分の中で、本当に聞きたいと思えることをひとつでも持ちたいと思いますね。だからいまだに難しいです、ゲストと話すのは。
──最後に、この本に収録されていない最新の静夫さんエピソードがあれば教えてください。
塙:家に生けている花が、この3年くらい猫じゃらしだったんです。それが昨日、ピンクの花になっていました。心境の変化かなと思いつつ、玄関にいる静夫さんをまたいで家を出たので理由はわかりませんけど(笑)。