恋愛モノに興味がないから生まれた!? 自分になりきって「告白代行」してくれる魔女が、自信のない少女もおじさんも元気にする!《インタビュー》

文芸・カルチャー

公開日:2023/6/17

ドレスアップ! こくるん (1) キミの代わりに告白してあげる!
ドレスアップ! こくるん (1) キミの代わりに告白してあげる!』(久野遥子:原作・監督、竹浪春花:文、ひらいいち。:絵/岩崎書店)

 加藤シゲアキ氏の『オルタネート』の装画や、2020・2021年のLUMINE10%OFFのビジュアル・CMアニメーションを担当するなど、アニメーション作家・イラストレーター・漫画家として、幅広く活躍する久野遥子さん。2023年5月には、原作・監督という立場で、児童書『ドレスアップ! こくるん (1) キミの代わりに告白してあげる!』(久野遥子:原作・監督、竹浪春花:文、ひらいいち。:絵/岩崎書店)を上梓。小学生中学年から高学年をターゲットにした本作に込めた思いなどをうかがった。

(取材・文=立花もも)

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――『ドレスアップ! こくるん』は、クローゼットの魔女を名乗るこくるんという少女が、恋の悩みを抱える依頼人のかわりに告白してくれるという物語ですが、もともとキャラクターだけが先行してつくられていたんですよね。

久野遥子さん 自画像
久野遥子さん 自画像

久野遥子さん(以下、久野) そうなんです。1~2年前に、芸能人が事務所に所属するみたいに、キャラクターを所属させて、このキャラに依頼したいことがあったらなんでもどうぞ、という形でクリエイトするという企画がもちあがりまして。私はふだんアニメーションの仕事をしていて、もともと存在するキャラのオープニング映像をつくったり、絵コンテに参加したりすることが多いので、キャラクターだけを独自に先行して生み出す、というのは初めての試みでした。そのぶん、ふだんならやらない、やれないことをしようと思って誕生したのが、こくるんです。

――ふだんやらない、やれないこととは?

久野 第一に、キャラが単体でも成り立つ強い個性をもたせることですね。あらかじめ物語があるわけじゃないからこそ、制約なしに、枠にとらわれないキャラクターを考えたいと思いました。魔女にしよう、というのはわりと早い段階で決まっていたんですけれど、プロデューサーと相談して、いつも以上に、いかにも魔女っ子という感じのビジュアルにしてみようと決めて。告白代行という仕事については、プロデューサーからの案だったんですが、あまり恋愛モノに興味がない私には新鮮に感じられました。ただ、告白を代行させていいのか? とは思いましたけど(笑)。

――告白こそ、自分でやらなきゃ意味がないのでは? って気がしてしまいますよね。

久野 でも逆に「どうして告白を代行してもらわなきゃいけないのか」というところにドラマをつくれるかもしれない、と思いました。ただ、先ほども言ったとおり、私は子どもの頃から恋愛モノに興味がなくて、マンガやアニメ、映画や小説も、恋愛がメインの作品はほとんど手にとることがなかったんです。思春期になる頃にはラブソングが溢れかえる世の中に、どことなく居心地の悪さも感じていた。だったら大人になった今こそ、仕事として告白代行は請け負うけれど、あんまり恋愛じたいには興味がないというキャラクターを作ってみてはどうだろう、と。

――現実も、自分に興味のあることを仕事にする人ばかりではないので、それもまたおもしろかったです。報酬(洋服)がほしいから一生懸命頑張る、というのも、新しいですよね。

久野 あんまりやりたくないことも、自分の好きなもののためなら頑張れる、というスタイルなら、恋愛に興味がない人にも共感してもらえるんじゃないかな、と。その時点ではまだ岩崎書店さんからオファーをいただいておらず、児童向けどころか小説にすることすら考えていませんでしたが、女の子が自分らしく生きる自由さ、みたいなものを表現できるキャラクターがいいんじゃないかと思ったんです。

ドレスアップ! こくるん (1) キミの代わりに告白してあげる! p.14-15

――こくるんの好きなものを洋服にしたのはなぜだったのでしょう?

久野 着ぐるみが好きなんですよね。何かを身にまとい、自分ではない別の誰か、あるいは人間ですらない別の生きものになる、みたいな現象が。子どもの頃、手塚治虫(※)の作品が好きだったんですが、たとえば『リボンの騎士』では主人公が男の子のふりをしていたり、人間が機械になってしまったり、変身・変装(メタモルフォーゼ)のモチーフが巧みに物語に組み込まれていたように思うんです。手塚治虫自身がアニメもつくっていて、メタモルフォーゼとアニメーションの相性がいいというのもあるのでしょうが、ビジュアルが変わるだけで、その人の本質は変わっていないはずなのに、決定的に何かが変わってしまうというところにおそろしさと好奇心を抱いていました。だからきっと、自分がアニメーションに携わるようになってからも、メタモルフォーゼを重要なテーマの一つとして、どの作品にもとりこんでしまうのだろうな、と。

――確かに、変身・変装って基本的には強くなれる、新たな能力を得るポジティブなものとして描かれがちですが、手塚治虫作品では、たったそれだけのことで何もかも失ってしまうおそろしさみたいなものも描かれていましたね。

久野 もちろん、こくるんを通じてそれを描く気はないんですけれど、人間が人間として見えるために何が必要なのか、ということも含め、ビジュアルの不確かさに対する不気味さは、ずっと私の根っこにあるんだと思います。何か一つでも特徴が欠けたらその人じゃなくなってしまうなんて、とても怖い。逆に、何か一つ特徴を足すだけで、まるで別の人に見えてしまう、というのはとてもおもしろい。この作品では、こくるんが依頼人のために新しい服を選ぶことで、その人がこれまでに得たことのない何かが足され、強くなっていくみたいなことを描きたいなと思っています。

ドレスアップ! こくるん (1) キミの代わりに告白してあげる! p.82-83

――別の人間になるのではなく、新しい自分を知っていくということですね。

久野 そうですね。私、「着る」って動作がものすごく好きなんですよ。何か、希望のようなものを感じる。たとえば第1着(話)の主人公・エミリが、好きな人にかわいいと言ってもらえる洋服をどうしても見つけることができなくて、自分なんて……と落ち込んでしまいがちなところを、こくるんが「あなたのクローゼットにはこんなにも素敵な服があるじゃない」と提示してみせる。

――エミリそっくりに変身してその洋服を着たこくるんを見て、エミリ自身が「かわいい!」と思うのがいいですよね。堂々と胸を張れば今の自分のままでもちゃんとかわいくなれるんだ、と可能性を知ることができる。

久野 やっぱり自分が納得いかない服を着ていると、自分自身が減っていく感じがするじゃないですか。逆に、しっくりくる服を見つけられると、自分の可能性が増えて、気持ちもポジティブに大きく膨らんでいく。ドレスアップを通じていかに自分を増やせるかを描くことが、この作品で大事にしたいところですし、実際に文章を書いている竹浪(春花)さんも意識してくださっていると思います。

――本作では、久野さんが原作・監督を担当し、竹浪さんが文章を担当するという分業制をとっているのもおもしろいですよね。

久野 そうですね。ふだん竹浪さんも映画の脚本を書かれていて、こくるんを一緒につくったプロデューサーもアニメ映画の仕事をしているので、分業かつ協働するというスタイルは全員が慣れているんです。だから、さて物語をどう膨らませるかと打ち合わせるときに、誰もがフラットに意見を言い合い、自分ひとりでは生み出せなかったアイディアを膨らませていくことができる。物語も、内にこもるようなものではなく、外へ外へと開かれたテイストになっていったような気がします。第2着(話)の主人公はアイスクリームの移動販売をする吉井さんという中年のおじさんで、あんまり児童書らしくない展開を見せるのですが、それもひとりではないからこそできたことだと思います。

――第2着(話)、めちゃくちゃよかったですね……。たぶん大人にはいちばん響くんじゃないでしょうか。

久野 ありがとうございます。吉井さんの恋の相手は幼なじみで医者の玲子さん。中年同士の恋愛なんて児童書らしからぬとは思いながら、そういう「らしからぬ」をある程度壊していくのも児童書の役目なのかなあとも思ったりしていて。小説に限らず、これまで子ども向けのイラストの仕事をしているときも、女の子をスカートで泣き虫みたいなステレオタイプにしないでください、というようなこと言われることがあるんですよね。また複数のキャラクターを描くときは外国籍がルーツの子も描いてください、と。というのも、児童向けの作品というのは、子どもたちの常識や価値観を固定しかねないもの。もちろん物語にはある程度の型があるから、何もかも型破りというわけにはいかないんですけれど、偏った固定観念を子どもたちに刷り込むことがないよう、十分に注意しなくてはいけないんです。

――物語には「社会とはそういうものなのだ」と無意識に植えつけてしまう可能性がありますもんね。

久野 今の世の中であたりまえとされているものを、それしかないというふうに固定しすぎてしまいそうなときは、ちょっとだけズラすというのは、本作に限らず意識したいところです。だから、吉井さんと玲子さんに関しても、年齢や性別、職業によって何かが否定されることはないような描き方をしたいというのは意識していました。

――第3着(話)の主人公がネズミというのも、ある意味、固定観念を覆していますよね。

久野 そうですね。もともとキャラクターをつくるときに、何か物語をつくるとしたら、1話目はターゲットに近い年齢の女の子、2話目は中年のおじさん、3話目は動物というふうに決めていたんです。ネズミなんだけど、大人のいい女、みたいな設定を竹浪さんが出してくださったとき、これはおもしろくなるかも、と思いました。動物って、かわいらしさに寄ってしまいがちというか、幼かったり未熟だったりする描き方をされることが多いんですよね。人間よりもずっと大人で素敵な女性、そのうえでとてもかわいい、という仕上がりになっているのがいいなと思っています。

ドレスアップ! こくるん (1) キミの代わりに告白してあげる! p.128-129

――他に、お気に入りのシーンなどはありますか?

久野 そうですね……。文章だけでなく、ひらい(いち。)さんのイラストも素晴らしくて、たとえばエミリの好きな健吾くんがぽっちゃり、玲子さんの目じりにはちゃんと皺がある、など、恋愛モノではやはりあまり描かれなそうな特徴をきちんととらえてくださっているのが、うれしくて。一般的にはマイナスに描かれがちなものも、その人のことが大好きな人にとっては、何よりも美しいかけがえのない特徴なんだ、というのが絵を見るだけで伝わってきて、うれしいですね。あとは、吉井さんが「今じゃない」と告白しようとするこくるんを止めるところ。

――恋愛に興味がないこくるんは、告白することだけが目的なので、時々というかしばしばタイミングを間違えるんですよね。

久野 吉井さんも恋愛には慣れていないけど、玲子さんが大変な状況にあることを察して、今じゃないということだけはわかる。その一瞬の場面で、吉井さんの人生が感じられるというか、彼がこれまで積み重ねてきたもの、何を大切に生きている人なのかがずっしりと伝わってきて、基本的にポップな物語であるだけに、沁みるなあと思います。これは竹浪さんオリジナルのエピソードなんですが、やっぱりとてもうれしかったですね。

――きっと読者も最初は「告白なんて代行させていいの?」と思うでしょうが、こくるんと一緒にどうするべきか奮闘することで、自分で一歩を踏み出す強さを手に入れていく過程が、どのお話もとてもよかったです。

久野 こくるんが未熟な魔女なので、どうしても任せっぱなしにはしておけない。結果的に自分でどうにかしなきゃいけなくなる、というのがやっぱりよかったのかなと思います。あとは先ほども言ったとおり、シチュエーションに適した洋服を着ることで納得できる自分になっていけることも。たとえば、こくるんが選んだ洋服を着たエミリを、健吾くんが本当にかわいいと思うかどうかはわからないんですよ。でも、これならきっとかわいいと思ってもらえるはず、という気持ちが心を大きくする。「こんな服似合わないよ」と思ったものも、着て街に出てみたら意外となじんで堂々とできるってこと、ありますよね。そのジャンプをする勇気をくれるのがこくるんなんだろうなと思います。

――2巻以降は、どんな物語が展開していくのでしょう。

久野 この作品をつくるにあたって、最初にイメージしていたのは藤子・F・不二雄さんの『エスパー魔美』なんですよね。主人公の魔美がエスパーでおもしろいということ以上に、中学生にもかかわらず、大人の悩みや社会的な問題に向きあわざるをえなくなるところがあの作品の魅力だと思っていて。彼女が解決するいわれのない問題にもかかわらざるを得なくなり、大人と子どもの境界線を越えていく。そんな物語に『ドレスアップ! こくるん』もなっていけばいいなと思っています。

――告白代行というお仕事なら、大人も子どもも関係なく、依頼人となり得ますしね。

久野 そうですね。今後、植物の依頼人も登場する予定で、ちょっと変わった設定もあるにはあるんですけれど、基本的に特別斬新なことをするつもりはなくて、自分でうまく告白することのできない、ステレオタイプから零れ落ちてしまうような人たちを、いろんな形で、丁寧に描いていけたらな、と。読者の子どもたちのなかにもきっといるであろう、繊細な想いを抱えた誰かの救いに、ちょっとでもなってくれたらうれしいです。

※注 手塚治虫さんの「塚」は旧字体の「塚(塚にヽ)」が正式表記です