虫がいなくなれば人間も絶滅!? この世界を支える昆虫たちの消えゆく姿を、超高精細な写真で送る『絶滅危惧昆虫図鑑』

暮らし

更新日:2023/6/29

絶滅危惧昆虫図鑑
絶滅危惧昆虫図鑑』(レヴォン・ビス:写真、丸山宗利:翻訳・日本語版監修/ナショナルジオグラフィック)

哺乳類が絶滅しても地球は変わらないが、虫がいなくなれば陸上の生命は崩壊する

 陸上に生きる生物の80%は昆虫らしい。都市部に暮らしていれば、まるで地球には人間しか暮らしていないようにさえ見えるかもしれないが、昆虫たちは人間がのさばり歩く姿を横目に、じっと息を潜めているのだ。もっと言うと、我々は日々の生活において昆虫の恩恵を受けているというのだ。

 虫が我々の生活を支えている?

 よくよく考えてみると、確かに、昆虫は花粉媒介の役割を担っているため、野菜や果実や蜂蜜が食べられるのは昆虫のおかげであり、観賞用の美しい花が咲くのも昆虫のおかげなのだ。もう少し広げると、服の繊維や木材、紙なんかも、植物から作られているので虫がいなくなれば大きな影響を受けるだろう。また、昆虫を餌にしていた鳥や魚たちは、食料がなくなってしまい、姿を消すだろう。

advertisement

 そうして発生した動物たちの死骸は、虫たちの分解がないために放置されることになる。すると、森や川は不衛生になり病気が蔓延してしまう。また、死骸や葉などを分解する虫がいないと土壌は豊かにならず、植物の成長を阻害することになる。その結果、花粉媒介以外の植物にも影響が出るだろう。

 つまり、昆虫がいなくなれば、人間を含む陸上の生態系は崩壊してしまうのである。

 そんな我々の生命にも影響を与える昆虫が、今まさに消えゆこうとしている。

絶滅危惧昆虫図鑑』(レヴォン・ビス:写真、丸山宗利:翻訳・日本語版監修/ナショナルジオグラフィック)は、絶滅に瀕している世界の昆虫たちを、数千~数万枚の写真を1枚に合成することで表現した、美しく精緻な昆虫図鑑である。厳選された40種の昆虫たちの危機的状況と、その不思議な生態について記述されている。

 40種の中から、4種をピックアップして写真とともに紹介する。

大人になったら何も食わず飛び続け、そして数日で死亡

ルイジアナメダマヤママユ

絶滅危惧昆虫図鑑
© Levon Biss

絶滅危惧昆虫図鑑
© Levon Biss

 この種の成虫は、後翅の目玉模様を見せて鳥やその他の捕食者を追い払うが、わずか数日しか生きられない。そしてその数日間、何も口にしないそうだ。かつて鮮やかな緑色だった幼虫時代に、イネ科などの植物を食べて蓄えた豊富な脂肪分を消費しながら生きる。

 気候変動や殺虫剤、生息地の破壊が原因で、減少してしまっている。

他人の巣を略奪し、他人の子どもを誘拐して奴隷に!?

ツヤサムライアリ

絶滅危惧昆虫図鑑
© Levon Biss

 すべてのアリは、女王アリ、働きアリ、そして一時的に繁殖のために現れる雄アリからなる社会的コロニーで生活している。

 しかしアメリカ東部の草原に生息するツヤサムライアリは、他の多くのアリとは異なり、極めて特殊な方法で子育てをする。女王アリは、多種のアリの巣に侵入してその女王アリを殺し、その匂いを身にまとって新しい女王アリになりかわる。また、働きアリは他種のアリの幼虫を誘拐してきて、奴隷にするためにそれを育てるのだ。

 生息地の減少、森林の減少が原因で、絶滅の危機に瀕している。

攻撃してくる敵を蹴飛ばす――我が子を守るカメムシ

クロヒゲモンツノカメムシ

絶滅危惧昆虫図鑑
© Levon Biss

絶滅危惧昆虫図鑑
© Levon Biss

 昆虫では珍しく子育てを行うため「親カメムシ」と呼ばれたりする。メスは卵塊を産んだ後、そこに留まり、卵を体の下に隠して、それを食べようとするアリを遠ざけようとしたりする。また、別のカメムシ科のある種は、体のそばで幼虫を守りながら、攻撃してくる相手を脚で蹴飛ばしたり、翅を扇いで接近を許さない種もいるそうだ。

 土地開発による生息地の減少、湿地から水分が排出されたことが原因で、個体数が減少してしまっている。

自分よりも大きな動物も骨にしてしまう!?

アメリカモンシデムシ

絶滅危惧昆虫図鑑
© Levon Biss

絶滅危惧昆虫図鑑
© Levon Biss

 子どもを育てるため、まず小さな哺乳類や鳥類、爬虫類の死体を見つけ、準備し、埋める。メスは死骸の近くに卵を産みつける。卵から幼虫が孵れば、親は死体を食べて吐き出した餌を幼虫に与える。いくつかの他の昆虫と同じく、腐敗した動物を土に還すことで、このシデムシは生態系に貢献しているのである。

 様々な要因で生息域が狭まっており、それに応じて個体数も減少してしまっている。

殺虫剤や気候変動、観光産業からクマネズミの持ち込みまで、昆虫を絶滅に追いやる原因

絶滅危惧昆虫図鑑

人間が絶滅してしまう前にできることとは何か?

 絶滅危惧の例にあげた4種について、今一度考えてみる。

 最初の「ルイジアナメダマヤママユ」は蛾だ。蛾は花粉媒介をするため、蛾がいなくなれば、受粉を手伝ってもらっていた植物が消えてしまう可能性が高いだろう。

 次の「ツヤサムライアリ」はアリの一種だ。アリがいなくなるとどうなるか。まずアリを餌にしていた生物が食料を失い、その生物を餌にしていた上位の生物も……と連鎖していく。また、土の中に巣を作るアリは、土壌を豊かにする働きや、死骸を分解する役割もあるため、アリがいなければ土が貧弱になって植物がうまく育たなくなり、また生物の死骸がそのままになってしまうおそれがある。

 3番目はカメムシだ。カメムシがいなくなれば捕食者である鳥が激減し、反対に、カメムシが食べていた害虫が増大するおそれがある。

 4番目の「アメリカモンシデムシ」がいなくなれば、死骸の分解が進まず、病気などが蔓延するリスクになるだろう。

 生物種のうち80%を占める昆虫。彼らは生態系の大きな軸を担っている。そんな昆虫がひっそりと絶滅していっている。1種が消えれば、それを捕食していた生物が減少し、逆に捕食されていた生物が増大してしまい、生態系がバランスを崩してしまう。人間が綺麗な水を摂取し、植物や生物を食事にし、衣服や繊維を使用できるのは、生態系がバランスをうまく保っているからだ。

 今すぐできる劇的に状況を改善する方法は残念ながらない。昆虫の絶滅が、やがて回りまわって人間の絶滅につながるかもしれないという事実を知ることが、まずは大切だ。

 小さな昆虫を蔑ろにしているうちに、いつの間にか陸上生物がいなくなっている……そんな未来がやってこないことを切に願っている。

文=奥井雄義