吉澤嘉代子「めちゃくちゃラブソングを作りたい!」と思った時に読んだ西加奈子の小説【私の愛読書】
公開日:2023/7/13
さまざまな分野で活躍する著名人にお気に入りの本を紹介してもらうインタビュー連載「私の愛読書」。今回、ご登場いただいたのは、映画『アイスクリームフィーバー』(7月14日全国ロードショー)の主題歌「氷菓子」を手掛けたシンガーソングライターの吉澤嘉代子さん。「本好き」の吉澤さんが悩みながらセレクトしてくれた本は全部で3冊。一体どんな本なのか、さっそくお話をうかがった。
取材・文=荒井理恵 撮影=水津惣一郎
連載を楽しみにしていた『もしもし、運命の人ですか。』
――1冊目は穂村弘さんの『もしもし、運命の人ですか。(角川文庫)』(KADOKAWA)ですね。
吉澤嘉代子(以下、吉澤):愛読書ってすごく難しいなあと思ったんですが、この本は外せないなと思って選びました。私は中学生の頃、ずっと学校に行けない時期があり、図書館で過ごすことが多かったんですね。その頃一番好きだった雑誌が実は『ダ・ヴィンチ』で、「私だったらこの本、紹介するよね」とかずっと妄想したりしてたんです(笑)。
その『ダ・ヴィンチ』には大好きだったいしいしんじさんの連載があって、その横が穂村さんの連載で、すごく気になって読んだら面白かったんです。エッセイの中の穂村さんは「弱者」なんですよね。「風が吹くと倒れる」みたいな人なんですが、でも文章の中では「最強」になるというか。そのおかしみとか、目の付け所とか、勇者になるっていう逆転現象とかにすごくひかれて、私もこんなふうに言葉で無双したいなって憧れました。それで穂村さんは歌人だと知って、短歌にもふれるようになったんです。
――なんと弊誌がきっかけだったなんてうれしいです。では、出会いは中学生のとき?
吉澤:そうですね。本になったのはもうちょっと後だったと思いますが、リアルタイムで毎月連載を楽しみにしていたのは中学生の頃でした。
やっと読むことができた『発芽/わたくしが樹木であれば』
――2冊目は岡崎裕美子さんの歌集『発芽/わたくしが樹木であれば』(青磁社)ですが、穂村さんきっかけで短歌にふれるようになって出会った本でしょうか?
吉澤:そうですね。『わたくしが樹木であれば』は手に入れてたんですけど、『発芽』は手に入れられていなくて、去年の終わりに合本で出たのですぐに買いました。
――本屋さんの店頭でも「待望の」ってポップがありました。待っていらっしゃった方の多い本のようですね。
吉澤:そうなんです。待ってました!と思って。しかも文庫本なので気軽に持ち運べてしまうという。「今だったらみなさんにも手に入りますよ!」ということでご紹介したいな、と。
――岡崎さんの歌集との出会いはいつだったんですか?
吉澤:穂村さんの『短歌ください(角川文庫)』(KADOKAWA)で岡崎さんを知りました。岡崎さんの歌というのは、性愛が描かれているイメージが強いのですが、歌集として連なったものとして読むと、ひとりの女性の孤独が浮かび上がってくるんです。好きな人への気持ちだったり、お父さんのことだったり、家族のことだったり、他人のことを書けば書くほど、それをひとりで思い浮かべている女性のシルエットがくっきり浮かび上がってくる。そういう部分に読み応えがあると思います。
――いま短歌が人気ですよね。言葉の鮮やかさが印象的で、私は吉澤さんの作り出される世界にもどこか共通する気がします。ちょっとドキッとさせられるような……。
吉澤:うれしいです。やっぱり短歌って極限までそぎ落とされた言葉たちが残るっていう「生き残りの言葉たちの作品」だと思うので、自分もそんなふうにして歌を作れたらいいなっていつも思っています。なので曲を作るときにも、歌集を読んだりしていますね。その言葉をそのまま入れるとかではなくて、その感覚を身体に入れるというか。選ばれた言葉たちを見るとすごく刺激を受けますから。
――ほかの女性の短歌も読まれますか?
吉澤:穂村さんのからの繋がりで雪舟えまさんに出会って好きになりました。最近は大森静佳さんや伊藤紺さんも好きです。近頃は短歌を作る方がフォーカスされているので、見つけやすくなってきていますね。
――研ぎ澄まされたものが心に刺さる時代なのでしょうか?
吉澤:俵万智さんは「職業歌人は存在しない」っておっしゃってるんですね。誰でも「歌人」といえば「歌人」みたいな世界だって。短歌って一曲の歌にもならないような、すごく小さなひっかかりを掬いあげることのできるものなんですよね。その人の目線により近くなりやすいというか、近くで感じることができると思います。
――中でもこの本がおすすめなわけですね。
吉澤:ぜひ。この本は一家に一冊は!と思う、大変ありがたい歌集だと思います。
“ヤバい”説得力がすごい『るなしい』
――そして、3冊目はずいぶん毛色の違う『るなしい』(意志強ナツ子/講談社)。コミックスですね。
吉澤:意志強ナツ子先生の作品は「トーチweb」という漫画サイトに掲載されていた 『アマゾネス・キス』から夢中になりました。ほんとに意志強ナツ子先生の漫画には説得力があるんですよね。『るなしい』はスピリチュアルな世界を描いてるんですが、不気味で、見ちゃいけないものを見ちゃった、みたいな感じのものがすごく魅力的に描かれてるんです。
――宗教カルトとか宗教ビジネスとかネズミ講みたいなものとか、ある種のヤバさがすごく淡々とかかれてますよね。
吉澤:登場人物がどんどん巻き込まれていく、むしろ巻き込まれにいっているっていうのを、読者だけが「ヤバっ」って見てるわけですけど、そういう世界になっているのは先生にそういう目線があるからですよね。だからどんなふうに描かれているのかすごく興味もあるんです。るなという主人公もどんどん好きになりますし。
――るな、すごいですよね。最初は弱々しいくらいだったのに、どんどん覚醒していく。
吉澤:どんどん覚醒していって、どんどん美しく強くなっていきますよね。
――で、今、この本から目が離せないわけですね。
吉澤:そうですね。ただ『るなしい』だけじゃなくて、意志強ナツ子先生の本はどれも大好きで、ぜんぶ面白いのでおすすめです。すごく説明するのが難しいんですが、読んでみたらわかります! ぞくぞくしてすごく先が気になりますから。
自分の中の感情が枯れているとき、本が助けてくれる
――吉澤さんはすごく読書家の印象ですが、本はどんな時間に読むのでしょう?
吉澤:会社員とかじゃないですし、作る時間をいっぱいもらっているので。その中でいつもインプットしたいっていうのがあって、ごろごろしながら読んだりとか……ごめんなさい。
――いえいえ。梨木香歩さんの『西の魔女が死んだ(新潮文庫)』(新潮社)がすごくお好きだそうですね。
吉澤:そうなんです! 救われた本がいっぱいあるんですが、あの本はほんとに枕の下に入れて寝てました。
――本とはどんなふうに出会ってきましたか?
吉澤:最初は図書館で大人の本のコーナーをうろうろしながら、なんとなくタイトルが気になった本を読んだりとか、それでいいなって思ったらその人のほかの作品を読んだりとかしていました。『ダ・ヴィンチ』を知ってからは、それで面白そうな本を見つけて読むのがすごくうれしくて。世界がまた開いて好きな人がいっぱいできて、自分の友達がいっぱいいるみたいな感じですごくうれしかったんです。
――またまたうれしいお言葉です。ちなみに「読みたいな」と思う本って何にひかれますか?
吉澤:なんですかねえ。図書館だったら、なんかその本だけ光って見えるみたいな、手に取りたくなるみたいな感じ。雑誌での出会いも同じかもですね。ペラペラめくってると、「なんかこの本読みたい」って思う。
――時期によってこういう系統を多く読むとかありますか?
吉澤:曲を作るようになってからは、その曲の主人公の素材になるような題材を読んだりしますね。めちゃくちゃラブソングを作りたいって思ったら、西加奈子さんの『白いしるし(新潮文庫)』(新潮社)を読み返してみたりして。自分の中に感情が枯れちゃってる場合に、外から借りるというか、そんなふうにして作ったりもするので仕事でも本はすごく助けてくれます。
――その場合はやっぱり活字がいい?
吉澤:そうですね、歌詞も言葉ですし。言葉でどう表現するかを私もやっているので、言葉だけで書かれたものが一番助けてくれますね。漫画も好きなんですけど、漫画はどっちかというと憧れというか。もちろん作品を描くときにはアシスタントさんとかもいると思うんですけど、基本的には物語も絵もぜんぶ自分の手で漫画家さん本人が作るわけですよね。なんかほんとに純度の高いものだと思っていて、すごく好きなんです。
――今日は『ダ・ヴィンチ』の中の人として、とてもうれしいお話ばかりでした(笑)。これからも素敵な本との出会いを楽しんでくださいね!
ヘアメイク:扇本尚幸 スタイリング:田中大資
▼プロフィール
吉澤嘉代子
1990年6月4日生まれ。埼玉県川口鋳物工場街育ち。2014年デビュー。2017年にバカリズム作ドラマ「架空OL日記」の主題歌「月曜日戦争」を書き下ろす。2ndシングル「残ってる」がロングヒット。2021年1月にテレビ東京ほかドラマParavi「おじさまと猫」オープニングテーマ「刺繍」を配信リリースし、3月に5thアルバム『赤星青星』をリリース。同年6月には日比谷野外音楽堂での単独公演を開催。9月に初のライヴブルーレイ「吉澤嘉代子の日比谷野外音楽堂」をリリース。2023年7月14日公開の映画『アイスクリームフィーバー』主題歌に書き下ろし曲「氷菓子」が決定。7月12日にリリース。