15万部突破の ”体験型”感動ミステリー。「絶対電子化不可能」「何を言ってもネタバレになる」仕掛けとは

文芸・カルチャー

公開日:2023/6/23

世界でいちばん透きとおった物語(新潮文庫)
世界でいちばん透きとおった物語(新潮文庫)』(杉井光/新潮社)

 仕掛けに気づいた時、全身に鳥肌がたった。なんという熱量なのかと恐れ慄いた。仕事だろうと、プライベートだろうと、活字中毒として、毎日ありとあらゆる本を読み漁っているから、「これはすごい」と思わされる本と出会うことは、正直、少なくはない。だが、この本には、読み手としてはもちろんのこと、編集者としても、文章を書くことを生業としている者としても、完膚なきまでに打ちのめされてしまった。

 そう思わされた本とは、『世界でいちばん透きとおった物語(新潮文庫)』(杉井光/新潮社)。発売から約1カ月で累計発行部数10万部を超えた、今話題のミステリーだ。どうしてこの作品が話題を呼んでいるかといえば、「ネタバレ厳禁」の大きな仕掛けが隠されているところにある。ごく普通の文庫書き下ろし。挿絵があるわけでも変わった装飾があるわけでもない。だけれども、「電子書籍化は絶対不可能」。紙の本ならではの体験ができるこの本は、読む者に大きな感動を与えてくれる。

 主人公は、ハタチの青年・藤阪燈馬。彼の父親は宮内彰吾という大御所のミステリー作家なのだが、燈馬は不倫の末に生まれた子どもであるため、一度も父親と会ったことはない。ある時、宮内が癌の闘病の末、61歳で亡くなったことをきっかけに、彼の長男、燈馬にとっての異母兄から初めて連絡が来る。なんでも、宮内は死ぬ間際まで小説を書いていたようだが、その原稿が見つからないらしい。ひょんなことから父親の遺稿を探すことになった燈馬は、知り合いの文芸編集者・霧子さんの力も借りて、業界関係者や父の愛人たちから情報を集め始めるのだが……。

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 何を言ってもネタバレになってしまいそうだが、私はこの本に感動させられたのと同時に、同業者として、恐ろしささえ感じてしまった。仕掛けに気づいた瞬間、ブワッと肌が粟だったのは、そこにかけられた並外れた労力を感じたせいだろう。この本で行われていることはとにかく挑戦的。著者はもちろんのこと、編集者、校正者は、この作品を生み出すために、どれほどの時間を費やしたのだろうか。その苦労が偲ばれるとともに、「もし、こんな本の制作に携わることになったら」と想像すると、それだけで胃が痛くなる。この本は作り手たちの汗と涙の結晶。この本を作るのに携わった全ての作り手たちに尊敬の念を禁じ得ない。

 それに、ミステリー小説、エンターテインメント小説として面白いのはもちろんのこと、この本は、仕掛けと物語が密に絡み合っていることが実に見事なのだ。この物語にとって、この仕掛けには必然性があるし、この仕掛けがなければ、この物語は存在しえない。そう思えてしまうほど、この本は完成されている。「芸術作品」といっても過言ではないのではないか。そう思わされるほど、この本は美しい。だからこそ、読む者を、こんなにも圧倒するのだろう。

 あなたも『世界でいちばん透きとおった物語』の世界を是非とも体感してみてほしい。ラストの仕掛けもあまりにも鮮やか。この驚き、感動は何物にも代えがたい。きっと、あなたにとっても、忘れられない読書体験になるに違いないだろう。

文=アサトーミナミ