名剣「干将」「莫邪」を巡る古典がコミカライズ。中国文学をマンガで味わう人気シリーズ『無名の剣 中国幻想選』
更新日:2023/6/23
中国の古典文学をコミカライズした『中国幻想選シリーズ』。『竜王の娘』『狐の掟』に続く第3弾が『無名の剣 中国幻想選』(鮫島圓/双葉社)だ。
国も時代も現代日本とは全く異なるが、描かれるテーマはいまの私たちの心にも響く、普遍的なものだ。6つの短編が収録された本作は「強さとは何か」と問いかけてくる。
表題作の『無名の剣』は中国小説の祖とされる『捜神記』に納められている『首の仇討』を元にしている。のちに名剣と呼ばれる一対の剣をめぐるこの物語では、剣を生み出した職人の子である「赤」、死に場所を求める名もなき剣士、そして暴君「楚王」の3人が、人の強さとは何かを教えてくれる。
楚王は、権力、武力、財産といった、戦乱の世で生き抜く「強さ」をたくさん持っている。しかし、こういった強さは儚いものだ。力を失ってしまう恐怖を振り払うかのように、民衆を殺め続ける楚王は、実は弱い人間なのではないか。
対して「赤」は、楚王に殺された両親の仇をとろうとするが、道半ばで死んでしまう。その想いを受け継いだ名もなき剣士が、死んだ「赤」の首を携えて楚王を討つ。印象的なのは、首を切られて頭部のみとなった「赤」はなお意志をもち、楚王を睨みつけていることだ。筆者は、命が消えてもなお消えない意志を持つ「赤」に、人間としての強さを感じた。
表題作以外でも「強き者の生き様」が様々な形で描かれている。強すぎるために何かにつけて人を殺めてしまう美女、1番になりたいがために師匠に戦いを挑む弟子、己の強さに慢心する者。彼らの生き様は、きっとあなたの心に訴えかける何かがあるはずだ。
■原作とコミカライズの違いを楽しむ
『無名の剣』に登場する一対の剣は、幾つものエンタメ作品に登場する名剣「干将(かんしょう)」と「莫邪(ばくや)」だ。『封神演義』(藤崎竜/集英社)の「黄天化(こうてんか)」が使用する「莫邪の宝剣」のモデルにもなっている、と聞けば膝を打つ読者もいるのではないだろうか。
本作は、この名剣がどのようにして生まれ、人々にどのような影響を与えたかが描かれている。バックグラウンドを知ることで、『封神演義』をはじめたくさんの作品をより楽しめるようになるだろう。
また、原作とコミカライズの違いを楽しむのもおすすめだ。古典小説の『捜神記』は短編集で、『無名の剣』はページにして2枚ほどしかない。それが鮫島圓さんのコミカライズにより、魅力的に描かれたキャラクターたちの活躍を約50ページにわたって楽しむことができる。
中国の古典に触れて知識を深めつつ、2023年に描かれたマンガとして、魅力的なキャラクターを美しい絵で楽しむことができる。「海外の古典なんて難しそうで…」という人にこそ手に取ってほしい1冊だ。