「ろくでもない人間がいる。お前である」が28万“いいね”の大バズり! 舞城王太郎節が炸裂した予測のつかない展開とカタルシス
公開日:2023/6/22
〈ろくでもない人間がいる。お前である〉というセンセーショナルな書き出しの小説がTwitterで大バズりしたことをご存じだろうか。しかも二度も。
それが舞城王太郎氏の短編集『短篇七芒星』(講談社)に所収の「代替」の冒頭である。2022年9月、上記の書き出しを紹介したツイートは20万「いいね」を獲得。さらに、2023年3月になって別のユーザーが紹介すると、なんと28万にも及ぶ「いいね」を獲得したのだ。
数万いいねだけでも十分バズったと言える中、20万以上ものいいねを二度も獲得するというのはとんでもないことである。話の続きが気になった人も多かったようで、2023年4月には見事重版出来の運びとなった。
ちなみに、〈ろくでもない人間がいる~〉の次は〈マジでびびるほどだ。おいおい、神様はどうしてお前みたいなクソをこの世に配置したのだろう?〉と続く。自分がこんなふうに言われたら心にグサグサ来て先を読むのをやめたくなるが、ご安心を。〈お前〉は読者のことではなく、語り手である〈俺〉がずっと見続けている〈お前〉なる人間のことなのだ。
どうやら〈俺〉は実体のない意識だけの存在らしく、〈お前〉というしょうもない人間をそばで見ながら罵り続けているらしい。この〈お前〉というのが実に耐えがたいほど〈クソよりクソいクソクソのクソ〉な奴で、口に出すのも憚られるようなとんでもない事件を起こす。正直、グロいシーンもある。ただ、この短編は紛れもなく”善”を描いている。〈クソよりクソいクソクソのクソ〉がなぜ“善”と結びつくのか、そのカタルシスはぜひ本文で味わってほしい。
『好き好き大好き超愛してる。』『私はあなたの瞳の林檎』(ともに講談社)や、『淵の王』(新潮社)をはじめ、もともと舞城氏の作品の多くは人類の“愛”や“善”といったテーマが描かれている。直接言葉にされると恥ずかしく感じてしまう愛だの善だのが、舞城氏の手によって料理されると、そうか、そこに愛はあるんだ!となぜか自然と納得させられてしまう。エロ、グロ、バイオレンスと美しいモノとのバランスが絶妙なのだ。
本書所収の「縁起」では、語り手〈俺〉の3歳5カ月になる娘が母の胎内での記憶を語る。なんでも、空の海に浮かぶ花瓶の中で豚と一緒にいて、その豚というのがとてつもなく恐ろしい存在らしい。摩訶不思議な空気感に知らず知らず引き込まれながら読み進めていくと、まさかあんな結末が待っているなんて。
「落下」では、マンションに引っ越してきた4人家族が夜な夜な〈ドーン!〉という音や〈怖い怖い怖い怖い怖い怖い〉黒い影に悩まされる。「縁起」もそうだが、ホラーな話と見せておいて、最後にはちゃっかり「あ、家族っていいな」などと思わされたりするのだ。
ほかにも、不思議な石を通して14歳の〈僕〉の甘酸っぱい思春期を描く「雷撃」、優秀な狙撃手の〈俺〉が撃った弾が忽然と消え、代わりに世界のどこかで誰かが謎の死を遂げる「狙撃」、行方不明になった飼い犬を探しながら〈私〉がさまざまな思考を巡らせる「春嵐」、生きたまま片足をノコギリで切り落とされる猟奇的事件に警官の〈俺〉と友人が挑む「奏雨」の全7編。
あらすじだけ見れば「?」な話が、どのようにして愛や善に結びつくのか。これから楽しめる人が実に羨ましいのである。
文=林亮子