スティーヴン・キング絶賛、全米ベストセラー3部作の第2弾! マフィアたちの欲望と暴力世界からの逃避行

文芸・カルチャー

更新日:2023/6/29

陽炎の市
陽炎の市(まち)』(田口俊樹:訳/ハーパーコリンズ・ジャパン)

 ドン・ウィンズロウ『陽炎の市(まち)』(田口俊樹:訳/ハーパーコリンズ・ジャパン)は『業火の市』に続くダニー・ライアン三部作の二作目である。1980年代、アメリカ東海岸の街プロヴィデンスを舞台に、アイルランド系とイタリア系のマフィアが文字通り血で血を洗う抗争を繰り広げる前作から数か月後、主人公のダニー・ライアンとその仲間たちの逃避行から本作は始まる。舞台は前作と打って変わり陽光眩しいカリフォルニア州、ロサンゼルス。前作のプロヴィデンスという街を舞台にしたローカルな世界の出来事から、一気に広がりを見せる本作は、ダニーたちの抗うことのできない欲望がショービジネスの世界にまで入り込んでいく。暴力の世界から抜けだそうとするものの、他の生き方を知らない男たちは、新たな欲望に絡めとられ、より深い暴力の世界に引きずりこまれてしまう。そんなダニーたちが底なしの欲望を掻き立てる街ハリウッドに足を踏み入れるのだ。当然ながら「しあわせに暮らしましたとさ」というお話になるはずがないのである。

 そして犯罪小説であるにもかかわらず独特の哀愁を掻き立てているのが、アメリカ北東部における主人公ダニーの属するアイルランド系移民とイタリア系移民の歴史だ。かつて、アイルランド系とイタリア系は“二組の奴隷が主人の皿の上のパン屑を奪い合う”ように争っていたと言われているが、両者は旧世代の合意によって苦労の末に共存共栄の道を歩いていた。ところが新世代の些細な意地の張り合いから、あっけなくその友好関係は崩れ去ってしまう。しかしマフィアとはいえ、元来よそ者で日々しのぎを削る彼らに明日が来る保証はない。アイルランド系の主人公ダニーだけでなく、対立するイタリア系マフィアにも漂う悲哀もまた本作の大きな魅力である。

読者を振り回す予測不可能な豊かな登場人物たち

 本作はウィンズロウの他作品から漏れず、登場人物たちはいとも簡単に善悪を行き来する。彼らの信念は時に善悪を超えた判断をし、事に当たっては面子を重視し、そして都合よく善と悪を取り替える。そしてウィンズロウはそんな複雑怪奇な人間という生き物に欲望というエッセンスをまぶすことで、予想だにしない行動を起こさせ読者を振り回す。また、合衆国とメキシコ麻薬カルテルとの戦いを描いた『犬の力』『ザ・カルテル』(KADOKAWA)『ザ・ボーダー』(ハーパーコリンズ・ジャパン)3部作などスケールが大きく骨太な犯罪小説で知られるウィンズロウだが、本作ではそこに「ギリシャ悲劇」をモチーフとして加えたことで、より普遍的な人間の業にフォーカスされたストーリーテリングとなっているのは間違いない。もちろんウィンズロウのファンにとっておなじみの、メキシコにほど近いカリフォルニアに舞台を移したことで、ダニーたちの行く末にさらに凶悪な血と暴力の世界が待ち受けており「待ってました」と思わずにいられないだろう。これだけの要素が詰まった500ページ強のボリュームながら、それでも一気に読ませるリーダビリティは圧巻のひと言である。

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 作者のドン・ウィンズロウは1991年にデビュー作のニール・ケアリー・シリーズ『ストリート・キッズ』(東京創元社)で好評を博したのち、2005年に超ド級の犯罪小説『犬の力』を発表。以後その骨太な作風で日本にもファンが多いウィンズロウだが、このダニー・ライアン三部作の完結をもって作家引退を宣言している。傑作を生み出してきた作家、ドン・ウィンズロウの集大成として、本シリーズの完結をぜひ見届けたい。

文=すずきたけし