フィッツジェラルド『ベンジャミン・バトン』あらすじ紹介。老人の姿で生まれた赤ちゃん。歳をとるにつれて若返る残酷な運命とは?

文芸・カルチャー

公開日:2023/6/30

 健康な身体への憧れ、あるいは過ぎ去った青春の追憶。理由はそれぞれですが「若返りたい」と願うのはよくある話です。しかしそれが叶ったとしても、もしかするとこの物語の主人公のような結末を迎えるかもしれません……。本稿ではフィッツジェラルド『ベンジャミン・バトン』のあらすじをご紹介します。読みやすい短編ながら、人生の不条理を凝縮した興味深い作品です。ぜひお手にとってみてください。

<第81回に続く>
ベンジャミン・バトン

『ベンジャミン・バトン』の作品解説

 本作は『グレート・ギャツビー』などの長編で知られるアメリカの小説家F.S.フィッツジェラルドが、1922年に発表した短編です。2008年、ブラッド・ピット主演で『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』として映画化され、その知名度を高めることとなりました。

 映画版は語り部の存在やロマンス要素が加えられるなど、原作からアレンジされた部分も多いので、相違点を探してみるのも面白いでしょう。

『ベンジャミン・バトン』の主な登場人物

ベンジャミン・バトン:主人公。老人の姿で生まれ、若返っていく人生を歩む。

ミスター・バトン:金物卸業を営むベンジャミンの父。

ヒルデガルド・モンクリーフ:将軍の娘。年上好きで、50歳の姿のベンジャミンと出会う。

ロスコー・バトン:ベンジャミンの子。父から金物卸業を継ぐ。

『ベンジャミン・バトン』のあらすじ​​

 バトン氏が我が子の誕生を聞いて駆けつけた病院は、恐慌状態だった。主治医は苛立ち、看護婦は彼が名乗るだけで怯える始末。それもそのはず、バトン氏の息子は齢70になろうかという老人の姿で生まれたのだ。自分を「父さん」と呼ぶ白髪の老人を、バトン氏は錯乱気味になりながらもなんとか家へ連れ帰り育てた。

 衝撃の出生から18年の時が経ち、50歳の姿に若返っていたベンジャミンは大学の入学試験に合格するが、手続きでは誰ひとりまともに取り合ってもらえず、入学を拒否される。この頃には父と同年代の容姿になり、心の距離も縮まっていたため、20歳を契機に父の稼業を継ぐことに。そして、社交ダンスで出会ったヒルデガルドに一目惚れ、めでたく結婚する。

 しかし、熟年好きで正常に年齢を重ねていく彼女と、どんどん若返り壮年へ近づくベンジャミンは、次第にすれ違っていく。齢38、肉体は32歳まで若返っていたベンジャミンは、刺激を求めてスペインとの戦争に志願して戦功を挙げ、傷を負いながら中佐にまで昇進した。

 本業のため帰国しても若返りは止まらず、若者らしい趣味嗜好も一層強まり、妻との溝は深まるばかり。50歳で事業を譲った息子ロスコーよりも若い見た目となった彼は、妻がイタリアへ移住したこともあって念願の大学に入学し無事卒業するが、身体は少年に近づき、体力も衰え始める。ロスコーの長男、つまりはベンジャミンの初孫が生まれる頃には、10歳前後の子どもの姿になっており、思考力すらも低下し始めていた。

 さらに数年後、2人の孫と一緒に幼稚園で過ごす頃には、ベンジャミンの思考はほとんど幼児そのものだった。その幼稚園も退園し、ベビーベッドで過ごす彼の世界は、乳母のナナと時折訪れるロスコーのみ。輝かしい過去も脆い夢のようで、もう思い出すことすらできず、何も記憶できず、空腹のときに泣くだけが彼のすべてとなった。そしてミルクの匂いと、ぼんやりした光と闇だけを感じる中、ついにすべてが暗くなっていくのだった……。