家族を介護する高校生。自分の人生を生きられない18歳未満の「ヤングケアラー」の未来とは
公開日:2023/7/28
最近、ニュースでもたびたび取り上げられる「ヤングケアラー」をご存じだろうか。ヤングケアラーとは、家族の介護やケア、身の回りの世話を行う18歳未満の子どもたちのことだ。ケアに追われて勉強や遊びの時間が取れないだけでなく、睡眠時間も十分に取ることができないなど日常生活に支障が出てしまうことも。家族の病気のことをあまり知られたくないなどの理由で周囲に相談できず、孤独やストレスを抱えてしまう…そんな子も少なくないというのだ。最近になって「ヤングケアラー」という言葉が生まれることで社会的にも認知されるようになってきたが、まだまだヤングケアラーを救うための対策は手探りの状況だ。
特殊清掃業を題材にしたデビュー作『跡を消す』が話題になり、医療刑務所が舞台の『シークレット・ペイン』が大藪春彦賞の候補になるなど、注目を集める若手実力派・前川ほまれさんの新刊『藍色時刻の君たちは』(東京創元社)に登場するのは、そうしたヤングケアラーの高校生たちだ。現役の看護師でもある著者ならではの深みのある洞察力で、同じ学校に通う三人のヤングケアラーたちが他の人にはわかってもらえない苦しみを共有しながら成長していく姿を追う。
宮城県の港町に暮らす高校2年生の小羽(こはね)は、統合失調症を患う母と祖父の三人暮らし。毎日、石工職人として働きに出る祖父の代わりに、母の介護と家事に忙殺されて、ろくに勉強もできない日々が続いていた。そんな彼女の鬱屈した心の内を理解してくれるのは、同じ高校に通う二人の友だち――双極性障害の祖母を介護する航平、アルコール依存症の母と幼い弟の面倒を見る凛子――だけだった。ある日、小羽の祖父が同僚と飲みに出かけた先で倒れ救急車で病院に運ばれるという事件が起こる。幻覚症状を抱える母を連れてなんとか電車で病院に向かおうとする小羽を、親戚の家に身を寄せている東京出身の青葉という女性がタクシーに同乗して助けてくれる。青葉に感謝しつつも「わたしは、大丈夫です」となんとか一人で対応しようとする小羽。みかねた青葉は、その夜以来、小羽の心の負担にならない範囲でそれとなく手助けしてくれるようになるのだった。やがて小羽と打ち解けた青葉は、同じくヤングケアラーである凛子や航平にもさりげない応援をするようになる。青葉という理解者を得た三人は次第に前向きな日々を送れるようになっていくが――。
そんな中、物語には大きな「転機」が訪れる。2011年3月、東北地方を襲った巨大地震によって引き起こされた津波で、小羽たちの住む町が流されてしまうのだ。小羽たちも多くを失ってしまい――物語の後半は震災から11年が経過した2022年7月からの「彼ら」を再び描き出す。心に深い傷を負い、それでも生きていくために、それぞれのやり方で傷と共に生きてきた心の内を描くのだ。
実は著者の前川ほまれさんは宮城県出身だ。「あとがき」によると、震災当時は関東地方にいたため直接の被災経験はないが、地元は壊滅的な被害を受け、友人を失う経験もしたという。今回「震災」がテーマとなる本書を執筆することについて、前川さんのご両親は「父は『頑張れ』と告げたが、母は『やめなさいよ』と難色を示した」そうだ。「母は東日本大震災が起こって以降、一度も海に近づいてはいないらしい」とのことで、震災の残した傷の大きさを痛感する。よく小説の愉しみについて「いくつもの人生を体験できること」をあげる人がいるが、こうして物語の力でヤングケアラーを知ることも、彼らの孤独な胸の内を知ることも、さらには「震災の傷」という深い悲しみを知ることができるのも貴重なことだ。特に若い世代にとっては、自分の隣にいるかもしれないヤングケアラーの存在を知ること、さらには当時の若者の目線で「震災」を受け止めることは、自分なりに「世界の実相」を捉える上で大きな意味を持つのではないだろうか。
いつか、義務も後悔も手放して。あなたはあなたの人生を生きるのよ――そんな青葉のメッセージをかみしめながら、過去と向き合った彼らの先にはどんな未来が待つのか。ラストに訪れる感動は、悲しみの先の人の心の「再生」を、そして「未来」を信じたくなる力を持っている。
文=荒井理恵