見守る人がいないと役所手続きもできない!? 「レンタルなんもしない人」に1万円を支払う事例から、人間の奇妙奇怪な生態を解き明かしてみる
更新日:2023/7/12
あなたが自由に使える1万円を手にしたらいったい何をするだろう。ある人は新しい服を買ったり、靴を買ったり、あるいは本やマンガを買ったり、焼肉やお寿司を食べに行ったりするかもしれない。
では、買うのではなく、レンタルするのはどうだろうか。
1万円を出して何がレンタルできるか考えてみると、成人式用に振袖をレンタルしたり、車を借りたり、洗濯機やカメラを借りたりすることができる。ただ、「なんもしない」存在するだけの人をレンタルしようと思い立つ人は、ごく少数なのではないか。
だからこそ、どんな種類の人間がわざわざ1万円を支払って、「なんもしない人」を雇うのかに僕は非常に興味があった。そこには奇妙奇怪と言うほかない世界があるに違いないと思ったのだ。
『レンタルなんもしない人の“やっぱり”なんもしなかった話』(レンタルなんもしない人/晶文社)は、これまでレンタルなんもしない人(以下、レンタルさん)に依頼をしてきた人々が抱える事情と、レンタルされた著者のコメントをまとめた1冊である。人間が、いかに理解するには一筋縄ではいかないか、いかに複雑で奇妙な生物であるかを解き明かすヒントを提示してくれるに違いない。
「レンタルなんもしない人」でなければならない絶対的な理由とは何か
読めば読むほど、どうして1万円を支払ってまで「なんもしない人」を雇わなければならないのか、疑問は深まるばかりだった。何か重要なメッセージを見落としているのかもしれないし、僕に充分な想像力が備わっていないことが原因かもしれない。あるいは結局のところ人間は永遠に理解できない、ということなのかもしれない。
掲載されている依頼を、いくつかのカテゴリーに分けて考えてみることにする。
・見守り的役割
→役所手続きや勉強など、腰が重くて億劫で仕方ない作業も、誰かに見られているという状況が自分を駆り立て、遂行することができる・飲食の同席
→誰かを誘うのは気が引けるが、1人で食べるには寂しい・友達には言えないが、誰かに言いたいことがある
→今後の関係など何も気にせずに話せる人が欲しい・人数の縛りがあるが、人数が足りない
また、TwitterのDMだけで完結し、対面を必要としないものもあり、より困惑することになる。どれも、「レンタルなんもしない人」でなければならない絶対的な理由が見つからないのだ。いったい何が人々をそこまで引きつけるのか。いくつかの仮説を立ててみた。
①Twitterフォロワー40.6万人、Instagramフォロワー57.8万人(2023年6月現在)の拡散力を利用したい説
レンタルする内容が個性的だったり、レンタル中に面白いことがあったりすれば、Twitterなどでコメント付きでツイートしてもらうことができる。このアフターケアに選ばれることによる拡散力と、選ばれると承認欲求が満たされるギャンブル性に魅力があるのではないかと考えた。
しかし、リピート率はそこまで高くないらしく、選ばれるかもしれないというギャンブル性に魅力を感じている人は少ないようだった。また、ディズニーランドに同行して、基本無言で過ごした話などを聞くと、必ずしも何かを拡散してほしくて依頼しているわけではないことにも気がつく。無言の知らないおじさんにディズニーに同行してもらい1万円を支払う……その客観的状況は充分に面白いが、本人は苦痛ではないのだろうか。入場料と依頼料を含めると3万近くになるはずだが、その金額以上の喜びはあったのだろうか? 僕には理解できなかった。
②1万円を払って何もしてくれない、という常識を覆される新鮮な経験をしたい説
話のネタとして「1万円でなんもしない人をレンタルした」という経験は貴重かもしれない。それも、多くの人が知る著名人となれば、なおさらだ。飲み会で披露すれば、1、2杯多めに酒が進むかもしれない。
しかし、しかしである。1人カラオケに行きたいが気圧されて行けないという依頼者は、受付までいっしょに済ませると、レンタルさんを帰し、1人でカラオケを楽しんだという。これは何か新鮮な体験を求めるわけでもなく、本当に受付をするための勇気が欲しかったということだ。そのために1万円……やはり理解できなかった。
③レンタルさんではなく、森本さん自体が好きでただ会いたい説
レンタルさんの本名は森本さん。森本さん以外にも「レンタルなんもしない人」は存在するため、何もしない人が本当に欲しいなら、格安の別人でいいはずなのである。しかし、彼らが森本さんと同等かそれ以上の人気がないことを鑑みると、「なんもしない人」が本当に欲しいのではなく、「森本さん」をレンタルしたい人が一定数いることになる。しかし……焼肉食べ放題に行って、イヤホンを付けスマホを見ながらひたすら食べまくる依頼者もいるらしいではないか……さらに混乱してしまう。
あまりにニッチな欲望を叶えるサービスは、壮大な実験
結局のところ、人間の心はどこまでいっても理解できないという結論に尽きるのかもしれない。もっと言えば、依頼をした本人でさえ、過去を振り返ってみれば「なぜ依頼したのかわからない」と答える可能性もあるのだ。リピート率がそこまで高くないことからも、そのように考えるのは自然だ。
しかし「人間が求めるものとは何か、人間の欲望とは何か?」という問いに対する、壮大な実験として大きな成果をあげているのではないだろうか。レンタルなんもしない人のサービスを始めてから4年半の時点で、4,000件以上の依頼をこなしたという。4,000回以上も「なんもしない」ことで報酬を得ている。逆に、4,000回以上「なんもしない」ことに報酬を与えた人間がいる。この一見すると奇妙奇怪なサービスは、人間の複雑怪奇さをよく表している。もっと「人間」を知りたいと思える1冊だった。
文=奥井雄義