あれから10年経ったのにDIOの呪縛から逃れられられない元配下・マライア/クレイジーDの悪霊的失恋 ージョジョの奇妙な冒険よりー②

文芸・カルチャー

公開日:2023/7/8

クレイジーDの悪霊的失恋 ージョジョの奇妙な冒険よりー』(上遠野浩平:著、荒木飛呂彦:original concept/集英社)第2回【全5回】

かつて不老不死の吸血鬼・DIOの配下として活躍し、〈皇帝〉と呼ばれたスタンド使い――ホル・ホース。ジョースター一行との闘いとDIOの死から10年、私立探偵を営んでいた彼は、DIOが飼っていた一羽の鳥を探していた。ボインゴの予知が示した地・日本へ向かったホル・ホースは、ジョースター家と深い縁があるスタンド使い・東方仗助との数奇な出会いを果たす。『クレイジーDの悪霊的失恋 ージョジョの奇妙な冒険よりー』は、ジョジョ第3部と第4部の狭間の物語を描いたスピンオフ小説です。第5部の後日談を描いた小説『恥知らずのパープルヘイズ』を描いた上遠野浩平氏による、DIOの呪縛を克服する人間たちの物語をお楽しみください。

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クレイジーDの悪霊的失恋 ージョジョの奇妙な冒険よりー
『クレイジーDの悪霊的失恋 ージョジョの奇妙な冒険よりー』(上遠野浩平:著、荒木飛呂彦:original concept/集英社)

Dの壱――“Dire straits”(凶運の境界)

『僕がどっちを目指してるかって? そりゃあ君、人間はいつだって未知なる恐怖にこそ惹き付けられるものだよ、NiNiNi』

――岸辺露伴〈ピンクダークの少年〉

 

1.

 一九九九年、三月――エジプト。

 その日はいつもにも増して、やけに太陽がぎらぎらと輝いてみえる陽気だった。

 カイロ市内の中心近くにあるその通りは、ウィルソン・フィリップス・ストリートと呼ばれている。正式な名前ではない。だがここを知る者は、たいていその名で呼ぶ。

 十年前に、この通りで惨劇が起こった。通商協議に参加するためにこの国を訪れていたアメリカ上院議員ウィルソン・フィリップスが、突如として乗っていた車を暴走させたあげく、歩道にまで車を突っ込ませて、女子供を含む五十三人もの死傷者を出し自身も死亡するという悲劇的な事件があったのだ。彼を警護していたはずのSPは、事件後に腕の骨がバキバキに砕けた状態で発見されたが、精神の均衡を失っており、そのまま精神病院に入院したという。上院議員が何を考えてそんなことをしたのか、未だに判明していないとされ、その謎と不気味さが、十年も経った今なおその通りをその名で呼ばせているのだった。まるで呪いに掛かったままであるかのように。

「…………」

 一人の男が、その通りの前に姿を現した。カウボーイハットを被っていて、その口には長い棒をくわえている。煙草ではない。禁煙パイプでもない。あくまでもただ長くて細い棒だ。

 男の名はホル・ホース。

 現在は私立探偵だが、十年前までの彼の職業は――。

「――」

 彼が通りの一角の、裏に通じているらしき路地に足を踏み入れようとしたとき、

「おい、そこのヤンキーのおっちゃんよォ!」

 と背後から声を掛けられた。ホル・ホースが振り向くと、地元の子供がニタニタ笑いながら彼を見つめていた。

「ヤンキーは間違いだ。アメリカ人じゃあねェ」

 ホル・ホースがそう応えると、子供はさらにけたけた笑って、

「じゃあなんでそんなカウボーイ気取りなんだよ? まあいいや。でもあんた、そこの道には入れないぜ」

 と言ってきた。ホル・ホースは口元の棒を上下に揺する。

「ほう? どういう意味だ」

「入ってみれば嫌でもわかるよ。とにかくよォ、あんたは俺をガイドに雇いなよ。そうしないと絶対に困ることになるぜ」

 意味ありげに言われる。ホル・ホースは肩をすくめて、そのままその道の奥へと入っていく。

 子供は、きしししッ、と笑っている。すると一分と経たない内に、ホル・ホースがふたたびその道を逆戻りして帰ってきた。

「――」

 ホル・ホースは少し首を傾げている。そこに少年の笑い声が響いてきて、

「だから言ったろ? あんた気がついたら、また元のところに戻ってきちまってたんだろう?」

「…………」

「ここはそういうところなのさ。呪いが掛かってんだよ。抜け出すには俺のガイドが必要なのさ。道案内して欲しけりゃ、とっとと前払いで金だしな」

「おまえの?」

「ああ、そうだよ」

「ほんとうに、おまえのか?」

 ホル・ホースが念を押す。少年が少し苛立って、

「しつけーなァ! いいからよォ――」

 と彼が言いかけたところで、ホル・ホースは奇妙な行動に出た。

 右手を前に突き出して、何かを握っているようなジェスチャーを取る。人差し指だけ、鉤状に曲げている。

「――? 何してんだ?」

「拳銃を握っている」

「……は?」

「正確には、おまえには見えない拳銃を握っている」

 ホル・ホースは真顔で言った。子供は、ぷっ、と吹き出して、

「なんだよ? あれか、馬鹿には見えないナンタラ、ってヤツなの? 何マヌケなことを抜かして――」

 子供が喋っている途中で、ホル・ホースは突き出した腕を今出てきた道の方に向けて、人差し指を何回か、ひくひく、と動かした。

「――何してんだ?」

 子供の、明らかに怒り始めている声をよそに、ホル・ホースは涼しい顔で、

「だから、おまえには見えない弾丸を発射したんだ。聞こえるヤツには聞こえる銃声で、合図を送った――」

 と応えた。

「おいッふざけんなよッ! いい加減に――」

 子供が腹を立てて立ち上がろうとしたところで、周囲の光景に異変が起こり始めた。

 陽炎が立ちのぼってきて、通り全体の空気が大きく揺らめいた。それはホル・ホースの身体を包み込んで、そして……その姿がどんどん薄れていく。

 風景に溶け込むようにして、消えていく――。

「……え?」

 子供は眼をぱちぱちとしばたたいた。その間にもどんどんホル・ホースの姿は見えなくなっていく。やがて完全になくなってしまう。

「え、えええ――え?」

 子供はしばし呆然としていたが、やがて悲鳴を上げて、その場から大慌てで逃げ出していった。

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