従兄弟・花京院典明の墓参りをする凉子。その耳に入ってきたのは忌まわしい鳥の飛行音で…/クレイジーDの悪霊的失恋 ージョジョの奇妙な冒険よりー③
公開日:2023/7/9
『クレイジーDの悪霊的失恋 ージョジョの奇妙な冒険よりー』(上遠野浩平:著、荒木飛呂彦:original concept/集英社)第3回【全5回】
かつて不老不死の吸血鬼・DIOの配下として活躍し、〈皇帝〉と呼ばれたスタンド使い――ホル・ホース。ジョースター一行との闘いとDIOの死から10年、私立探偵を営んでいた彼は、DIOが飼っていた一羽の鳥を探していた。ボインゴの予知が示した地・日本へ向かったホル・ホースは、ジョースター家と深い縁があるスタンド使い・東方仗助との数奇な出会いを果たす。『クレイジーDの悪霊的失恋 ージョジョの奇妙な冒険よりー』は、ジョジョ第3部と第4部の狭間の物語を描いたスピンオフ小説です。第5部の後日談を描いた小説『恥知らずのパープルヘイズ』を描いた上遠野浩平氏による、DIOの呪縛を克服する人間たちの物語をお楽しみください。
2.
時代は変わっていき、世代も移っていき、同じままでいられるものなど何もない、ということなのだろう。
(――でも、私は嫌だわ……)
花京院涼子は、とても不快だった。
学校で、級友の男子からは〝冷たく、気取っている〞と思われ、女子生徒からは〝いつも冷静で頼りになる〞と思われている彼女は、一人でいることが多い。
その額の前で、長く垂らした前髪が揺れている。右側だけ下ろしていて、しかもゆるいウェーブが掛かっていて頭から浮き上がっているので、親しい友人からは〝虫の触角の大きなヤツみたい〞とからかわれる奇妙な髪型だ。しかし彼女はその髪型を変えようとは思わない。
学校一のモテ男を自称していて女子人気の高かったサッカー部のキャプテンにも〝花京院さんってさ、その髪型がなんか取っつきづらいんだよ。左の前髪も下ろすか、あるいは逆に額を全部出しちゃうとかすれば、もっと可愛くなると思うんだけどなあ〞とか言われたこともあるが、冷たく無視してまったく反応しなかった。
「…………」
彼女は今、墓前に立っている。
花京院家代々の墓だ。そこには彼女の従兄弟だった花京院典明も葬られている。あの優しかった〝おにいちゃん〞が死んでから、もう十年にもなる――。
「――」
墓参りに来ているのは彼女一人だけだ。時々、彼女はこうやって家族にも内緒で、この墓に参りに来る。
しかしそれももう終わりだった。墓参りそのものはこれからも続けるが、それはこの場所ではない。都市再開発、という名目でこの墓地は離れた郊外に移されることになったから従ってくれという指示が役所から出ているのだ。花京院本家はそれを素直に了承したので、ここに墓があるのも今のうちだけなのだった。まもなくこの周辺は、見る影もなく山が削り取られて、平板な道路が敷かれて、無機質な建物が並ぶことになる。
(そんな勝手に――せっかくおにいちゃんが、この町に帰って来れたのに……私は嫌よ、絶対に――)
ほんとうなら今日は、大学受験に合格したことを典明おにいちゃんに報告するつもりだったのに、そんな嫌な話を聞かされてしまったために、涼子はひたすらにやりきれない気持ちだった。
「ごめんなさい、おにいちゃん――私は、やっぱり全然おにいちゃんの助けにはなれないのね……」
彼女は墓の前で座り込んでしまって、がっくりとうなだれていた。
しばらくそのまま動けないでいた彼女の耳に、そのとき――その音が聞こえてきた。
空に羽ばたく、鳥の飛行音が。
耳の奥にこびりついている―― 忌まわしい音だった。
「――ッ!?」
彼女はばっ、と顔を上げた。だが鳥の姿はどこにも見つからない。しかし音は聞こえる。彼女はその音の方に向かって走り出した。
墓地から飛び出して、市街地の方に向かう。ぜいぜい息が切れるが、それでも彼女は必死でその音を追う。
空の向こうに、ちら――とその姿が見えたような気がした。
頭部の大きい、丸まった嘴が特徴的な姿が――鸚鵡のシルエットが。
「うううう……ッ!」
彼女の喉から、悲痛な呻き声が洩れた。あの鳥を捕まえなければ、という切迫感が湧き起こってくる――今さらなんのために、という問いは心の中にはなかった。
しかし、彼女の足はもつれて、転倒してしまう。
鳥の音はどんどん遠くなっていって、そして聞こえなくなった。
「ああ――」
彼女は弱々しく呻いた。立ち上がろうとする気力も湧いてこなかった。その彼女の指先に、何かが触れた。路面とは異なる紙の感触だった。
なんとか身を起こして、それを拾ってみる。奇妙な絵が載っているマンガ本だった。
〈OINGO BOINGO〉
という変な題が表紙に書かれている。
なんだこんなもの、と投げ捨てようとした彼女の眼に、その中身の一文がちら、と見えた。
〝DIO〞
そう書かれていた。それは彼女が決して忘れられない名前だった。
「――ッ!」
彼女は投げ捨てようとした本を戻して、その中身を熟読し始めた。
<第4回に続く>