日本に到着したホル・ホースは、カウボーイ姿のせいで不審者扱いされてしまう/クレイジーDの悪霊的失恋 ージョジョの奇妙な冒険よりー④
公開日:2023/7/10
『クレイジーDの悪霊的失恋 ージョジョの奇妙な冒険よりー』(上遠野浩平:著、荒木飛呂彦:original concept/集英社)第4回【全5回】
かつて不老不死の吸血鬼・DIOの配下として活躍し、〈皇帝〉と呼ばれたスタンド使い――ホル・ホース。ジョースター一行との闘いとDIOの死から10年、私立探偵を営んでいた彼は、DIOが飼っていた一羽の鳥を探していた。ボインゴの予知が示した地・日本へ向かったホル・ホースは、ジョースター家と深い縁があるスタンド使い・東方仗助との数奇な出会いを果たす。『クレイジーDの悪霊的失恋 ージョジョの奇妙な冒険よりー』は、ジョジョ第3部と第4部の狭間の物語を描いたスピンオフ小説です。第5部の後日談を描いた小説『恥知らずのパープルヘイズ』を描いた上遠野浩平氏による、DIOの呪縛を克服する人間たちの物語をお楽しみください。
*
(ちくしょう、あの馬鹿はどこに行きやがったんだ?)
ホル・ホースは焦っていた。
せっかく日本に来て、目的地のM県S市についたは良いものの――駅から出たところで、連れてきたボインゴが突然に姿を消してしまったのだ。
迷子になったとしか思えないが、どこに行ったのかとなると、見当もつかない。不慣れな土地でもあるし、そもそもボインゴを連れてきたのも、彼の〝予知の本〞の能力が探し物をするのに最適な才能だからで、その本人がいなくなってしまっては話にならない。
(アレほどおれから離れるな、って言っといたのによォ――ッ。どっかでぴいぴい泣いてるんだろうが……)
ホル・ホースはS駅からケヤキの木が並ぶ表通りに出ていった。周囲を見回して、あらためて思う。
(しっかし日本ってのは……やはり繁栄してんだな、この国は――成田空港やら新幹線に乗るときに寄った東京駅の規模にもびびったが、地方都市だっていうこのS市も充分に大都会じゃあねーか――エジプトやインドとは比べものにならねー……通行人がみんな小綺麗に着飾ってて、町全体が大金持ちの屋敷みてーに整理されてやがるぜ……オイルマネーもねーのに、なんでこんなに栄えてやがるんだろうな? 理解できねーぜ――)
いかんいかん、完全にお上りさんになってるとホル・ホースは反省しながら、ボインゴを捜す方法を思案した。
(コネがねーからな――情報屋とか日本にもいるのか? 人捜しをしたいときはどうすりゃいいんだ……)
警察に相談する、という発想は彼にはない。そういう常識がそもそも彼の生きている社会にはない。
やはり自分で見つけだすしかないか。ボインゴに渡している日本円は大した額ではない。そもそもあいつは見知らぬ外国で買い物ができるほど神経が太くない。というか完全に対人恐怖症なのだ。
(ああまったく……だからオインゴも連れてきたかったんだが、あの野郎〝世界中の他のどこよりも、今はあの女がいるはずの日本には行かねー〞とか言い張りやがって――)
しかし、どっちにしろ無理だったろう。ボインゴの〝マンガ本〞には彼の兄が同行するとは予知されなかったからだ。ボインゴだけがホル・ホースと行く――そう記されていたからだ。
ボインゴは自分の〝マンガ〞の予知能力を百パーセント絶対だと信じている。その正確さはかつてホル・ホース自身が身を以て体験したからよく知っているが――逆に言うと、ボインゴはいくら自分の気が進まなくても、予知に出てしまったことを実行しないわけにはいかないのだ。しかしその内容はなんとも理解に苦しむあやふやな形でしか示されないので、解釈を間違えるとえらいことになる。
(だからきっと、この迷子になったのも〝マンガ〞に振り回された結果なんだろうが――ったく、絶対に読み違えてやがるぞ、アイツは)
ホル・ホースは頭をがりがりと搔いてから、帽子を被り直した。
あれこれ考えていてもしょうがないので、彼は道行く通行人の一人に、
「あー、ちょっと訊ねたいんだが――」
と話しかけた。ちゃんと日本語で言ったのだが、相手は彼の方をちらとみて、すぐに足早に去ってしまった。
「あ?」
聞こえなかったのかな、とホル・ホースはさらに別の人に、
「なあ、ちょっと――」
と呼びかけたが、やっぱり反応してくれずに、さっさと立ち去られてしまう。
「えーと、すみませんが、その――」
呼びかけを変えて色々と試してみるが、やっぱり誰も返事をしてくれない。
(な、なんだこの国は――これがインドだったら、呼びもしないのに物売りが押し掛けてくるもんなんだが……他人に関心がないのか?)
彼が世界で会ってきた日本人は基本的に人なつっこくて色々と話がはずんだものだったので、この国内外の態度の差には少しショックを受けた。
「やれやれ――」
と彼が帽子をちょいちょい、といじっていると、車道を挟んだ通りの向こう側から、
「ねえねえママ、あそこにカウボーイがいるよ?」
という小さな女の子の声が聞こえてきた。顔を向けると、好奇心いっぱいという表情でこっちを見ている子供がいる。
ホル・ホースが「ヘイッ」と手を上げてみせると、子供はきゃっきゃっと喜んで、
「ヘイヘイッ!」
と返事をしてきた。やっと応じてくれる人間が現れたな、とホル・ホースは思ったが、すぐに子供の母親が「見るんじゃありませんッ!」と強い口調で言って子供の手を引っ張って去っていく。
ホル・ホースは肩をすくめて、しかたないので自力でひたすら歩き回ろうかと考えた……そのときだった。
ふいに、どこからともなく声が聞こえてきた。雑踏の中でも急に誰かが言った単語が聞き取れることがあるが、まさにそういう感じで耳に忍び込んできた。
〝歩道が広いではないか――行け〞
背筋が凍りついた。それは彼が知っている声だった。とてもよく知っている――身に染みついていて、心にこびりついて離れない声だった。
DIOの声だった。
<第5回に続く>