突然聞こえてきたDIOの声…。そこに暴走した車が歩道を歩く親子に突っ込んでいく!/クレイジーDの悪霊的失恋 ージョジョの奇妙な冒険よりー⑤

文芸・カルチャー

公開日:2023/7/11

クレイジーDの悪霊的失恋 ージョジョの奇妙な冒険よりー』(上遠野浩平:著、荒木飛呂彦:original concept/集英社)第5回【全5回】

かつて不老不死の吸血鬼・DIOの配下として活躍し、〈皇帝〉と呼ばれたスタンド使い――ホル・ホース。ジョースター一行との闘いとDIOの死から10年、私立探偵を営んでいた彼は、DIOが飼っていた一羽の鳥を探していた。ボインゴの予知が示した地・日本へ向かったホル・ホースは、ジョースター家と深い縁があるスタンド使い・東方仗助との数奇な出会いを果たす。『クレイジーDの悪霊的失恋 ージョジョの奇妙な冒険よりー』は、ジョジョ第3部と第4部の狭間の物語を描いたスピンオフ小説です。第5部の後日談を描いた小説『恥知らずのパープルヘイズ』を描いた上遠野浩平氏による、DIOの呪縛を克服する人間たちの物語をお楽しみください。

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クレイジーDの悪霊的失恋 ージョジョの奇妙な冒険よりー
『クレイジーDの悪霊的失恋 ージョジョの奇妙な冒険よりー』(上遠野浩平:著、荒木飛呂彦:original concept/集英社)

「――ッ!?」

 ホル・ホースは周囲を見回した。だが当然のことながら、DIOの姿などどこにもない。そもそも今は昼間なので、仮にDIOが生きていたとしても吸血鬼のヤツは日光の下に出てくることはあり得ない。

(そうとも――あり得ない……)

 だがそのホル・ホースの判断を嘲笑うかのように、さらに声は聞こえてきた。

〝関係ない――行け〞

 その声がどこから聞こえてくるのか、それを確かめる余裕はホル・ホースにはなかった。

 続いてすぐに、隣接する車道の方から激しい音が響いてきたからだ。それは探るまでもなく、あからさまに周囲を引き裂くような鋭い騒音だった。

 車のタイヤが路面に激しく擦りつけられる音。あまりの急加速にグリップが追いつかず、アスファルトの上で空転するときの悲鳴のような音。

 振り向いたときには、もうその車は全速力でこっちの方に突進してくるところだった。

「な――」

 ホル・ホースは驚愕しつつも、運転席の中を観察していた――運転手の顔にあるのは、どこまでも深い怯え、ただそれだけだった。恐怖に駆られて、アクセルを踏み込んでいる……歩道に向かって。

 車のコースは、ホル・ホースから見てやや斜めになっていた。突っ込んでくるのは彼の方ではない。

 さっきの子供連れがいる方向だった。

 彼女たちは呆然となってしまって、その場に立ちすくんでしまっている。

「ぐッ…… !」

 ホル・ホースの手の中に〝拳銃〞が浮かび上がった。

 車に向けて狙いをつける――だがどこを狙う?

 運転手の額をぶち抜くか? いやそれでは踏みしめた状態のアクセルを解除できないだろう。前輪を破壊して停めるか?

(いや――勢いが既につき過ぎている。タイヤを射抜いても慣性でそのまま突進してくる――どうする?)

 ホル・ホースの手は小刻みにぶるぶると震えていた。あれから、いつもこうだ――あやまって自分のことを自分で撃ってしまって以来、真面目に何かを狙おうとすると手が震え出すのだ。

 どうせ発射すれば〝弾丸〞もスタンドなのでどんな体勢で射とうと狙ったところに飛んで行くから関係ないのだが――それでも震えが止まらないのだった。

 しかし今は、そのことを気にしている暇はない。決断しなければならない。

(――ええいッ!)

 ホル・ホースは引き金をひいた。

 車の前輪を狙って、弾丸を発射した。

 ただし両方とも、ではない。左側の前輪だけだ。

 外れるはずもなく、タイヤは破壊される――すると車は大きく傾いて、コースがずれた。子供連れの方ではなく――ホル・ホースの方へとねじ曲がった。

 逃げる――のは微妙に間に合いそうもなかった。射撃していたから、その体勢になっていなかった。

 どうしようもなく、目の前に車が迫ってくる――。

(ううううっ―― !)

 ホル・ホースは思わず眼をつぶった……だがその瞬間だった。

 ……ごん、

 という鈍い衝突音が先にした。瞼を開けたホル・ホースの視界に飛び込んできたのは……車が、宙を舞うところだった。

 こっちに突進してきていたはずの車が、いきなり横っ跳びに弾かれて、宙を舞っている――その車体の横面が、大きく凹んでいる。まるでとんでもない怪力で、そこをブン殴られたような形の損傷があった。

 車はそのままホル・ホースの前を横切るようにして飛んでいき、建物のショーウィンドウの中へと突っ込んでいった。マネキンがばらばらになるが、そこには他に誰もいない。

 車輪が空転する音ばかりが、虚しく響く――車は停止した。

 周辺が大騒ぎになっていく。事故だ事故だ警察を呼べいや消防車だ救急車だ、と騒ぎがたちまち拡大していく。

「…………」

 ホル・ホースは茫然と立ちすくんでいる。

(い、今のは――)

 突然に横から現れて、車を吹っ飛ばしたパワーは――。

「――」

 絶句しているホル・ホースの方に、近づいてくる人影がある。

 車道を横切って、大騒ぎになっている周囲をよそに、落ち着いた物腰で静かにこっちに歩いてくる。

「あんた――その〝拳銃〞――」

 そいつはホル・ホースの手を指差してくる。

「どーも他の人には見えてねえよーだな――つまり、あんたは〝おれと同類〞――そう判断していいってことだな?」

 まだ十代半ばという風の、その少年は静かにそう話しかけてきた。

「でもよォ――気にいらねーな。いきなり町中でブッ放すのは感心しねーよ。どういうつもりだよ、あんたは?」

 その声には明らかな敵意が漲っているのを、ホル・ホースは感じていた。

 これがホル・ホースとその少年――東方仗助の出逢いだった。

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