両極端な対人関係しか築けない「境界性パーソナリティ障害」とは?「いい人」か「悪い人」の2種類でしか判断できない世界
公開日:2023/7/3
人に見捨てられることを強く恐れるがゆえに、対人関係の問題を抱えてしまう「境界性パーソナリティ障害」は、専門的な支援や治療が必要な心の病だ。だが、精神疾患に対する偏見が世間に根強く残っていることもあり、当事者やその家族は自分たちで問題を抱え込んでしまうこともある。
また、治療が必要な病気だという自覚が当人になく、なぜ、いつも周囲から孤立してしまうのだろう…と悩んでしまうケースも少なくない。
『境界性パーソナリティ障害の世界 I HATE YOU DON’T LEAVE ME』(ジェロルド J.クライスマン:著、ハル ストラウス:著、白川貴子:訳/翔泳社)は、境界性パーソナリティ障害の知識や治療・対処法を分かりやすく解説した一冊だ。
本書は、アメリカで大ベストセラーとなり、日本を含めた世界10か国以上で多くの人々に読まれ続けてきた『I HATE YOU DON’T LEAVE ME』(邦題『境界性人格障害のすべて』)を加筆修正した作品。
境界性パーソナリティ障害の専門家であるクライスマン医学博士が、アメリカの最新治療や豊富な臨床例、その他の人格障害との違いなどを読みやすい形で解説している。
■嵐のような人間関係を築いてしまう「境界性パーソナリティ障害」
境界性パーソナリティ障害の特徴は、他者に対して抑制のきかない怒りをぶつけてしまうこと。唐突に激しい気分の変化に襲われ、幸福感の極みから一気に絶望の谷底に突き落とされるのだ。
多くの場合、当事者は怒りで我を忘れても、その後はケロっとしており、なぜ激情に駆られたのか本人にも分からないそう。
著者によれば、境界性パーソナリティ障害の人は他者のことを、良いところと悪いところを併せ持つものだととらえることができず、どんな場面においても「いい人」か「悪い人」かのどちらかに分けてしまうのだとか。
そのため、恋人や配偶者など周囲の人間を、ある時は理想的な人と見なして手放しで称賛し、ある時には全面的に受け入れられない軽蔑すべき相手として徹底的にこき下ろす。
両極端な対人関係は上手くいくはずがなく、孤立した当事者はアルコール依存症や摂食障害などといった他の問題を抱えることも。そして、そうした病気が結びついていることから境界性パーソナリティ障害であることが見過ごされたり、誤診されたりすることもあるのだと著者は指摘する。
なお、境界性パーソナリティ障害は女性のほうがなりやすい病気だと思われがちだが、実は違う。これまでの研究では有病率は女性に多く、男性の3~4倍であることが示唆されていたが、最近の疫学検査では、女性のほうが治療を受ける頻度や症状・障害の重度が高いものの、男女ともに同じ程度の有病率であることが分かったのだ。
本書では境界性パーソナリティ障害と診断されることが多い年齢層や社会経済的な要因なども紹介されているので、そちらも参考にしながら、まずは正しい基礎知識を得てほしい。
■支える側が心がけたい「SET-UP」コミュニケーションとは?
万華鏡のように心の状態が変わる境界性パーソナリティ障害の人とは、どんなコミュニケーションをとればいいのか。著者が提案するのが、境界性パーソナリティ障害の患者のために病院で使用するシステムとして開発された「SET-UP」だ。
「SET-UP」は緊迫した状況での対応、コミュニケーションの円滑化、敵対的な態度の激化を未然に防ぐことを目的として考えられた技法であるそう。「SET」の「S」はサポート(支持)、「E」はエンパシー(共感)、「T」はトゥルース(真実)、「UP」はアンダースタンディング(理解)とパーサビアランス(根気)を意味している。
・「SET-UP」コミュニケーションを活用する
S(支持):相手を気遣っている「私」の気持ちを表す。(例:「あなたの力になりたい」)
E(共感):相手の苦悩を受け止める姿勢を表す。(例:「それは辛いでしょう」「今は大変なときですね」)
T:(真実)他者に、どれだけ力になろうとする気持ちがあっても、自分に関わる最終的な責任は本人にしかとれないことを表す。そして、現在の問題を客観的に認識し、解決に向けて何がなされるべきかを話す。(例「それで、どうすればいいと思う?」)
UP(理解・根気):当人と周囲が共に病理や症状の理解に努め、変わる必要があると認識する。
「SET-UP」コミュニケーションでは、「SET」のメッセージを伝え、「UP」という状態を忘れないようにしていくことが大切だ。著者いわく、「SET」のどこかが不明瞭な表現になっていたり、相手に届いていなかったりする場合には特定の反応が返ってくるそう。
例えば、「私のことなんてどうでもいいのね!」という言葉は「支持」が上手く伝わらなかったことを意味しているため、その部分の気持ちをより伝える必要があるのだとか。
本書には具体的なエピソードを交えて、「SET-UP」コミュニケーションの行い方が紹介されてもいるので、そちらも要チェック。自分たちだけで苦しんでいる、多くの当事者や支援者に、この本が届いてほしい。
文=古川諭香