「子どもたちの時間は失われてなどいない」天体を通じて取り戻すコロナ禍の希望とは『この夏の星を見る』辻村深月インタビュー
公開日:2023/7/7
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2023年8月号からの転載になります。
〈失われたって言葉を遣うのがね、私はずっと抵抗があったんです。特に、子どもたちに対して〉。綿引という高校の教員が言うこのセリフは、辻村さんがコロナ禍で感じた、本作を書く発端の想いでもある。
取材・文=立花もも 写真=冨永智子
「現実にそれを言うと、きょとんとされることも多かったんです。修学旅行などの行事も軒並み中止になって、通学自体がままならず、実際にいろんなものが失われたじゃない、と。そこには、大人から子どもに対する、私たちが経験してきたいろんなことをできない彼らはかわいそうだという目線も入っていた気がします。でも、確かに通常と様子は違っていたけれど、子どもたちの時間はコロナ禍だからといって止まっていたわけじゃない。子どもは常に今を生きていて、大人たちが想像するよりもずっとたくましく前を向いている。コロナが収束したとしても、大人の言う“元”の状態には戻らないし、彼らにしか切り開けない未来を歩み続けていくのだということを、今作を通じて描きたかった」
物語は2020年の春、緊急事態宣言で学校が軒並み休校になった時期から始まる。天文部の合宿が中止になり落ち込む高2の亜紗。同級生のほとんどが中学受験したせいで、地元中学で唯一の男子新入生になってしまった真宙。両親が営む旅館に他県からの客が滞在し、島で肩身の狭い思いをしている高3の円華。茨城、東京、長崎の五島列島と、離れた地でそれぞれ鬱屈を抱える彼らを結びつけるのが天体観測である。
「今作の新聞連載が始まったのは2021年6月で、コロナ禍の二年目。題材に天体観測を選んだのは三密を避けて屋外でできる活動を、という単純な理由だったのですが、結果的に、宇宙という広い視座を得たからこそ、主人公たちが離れた場所にいてもつながり、目の前の閉塞した状況から自由になれた。作中にも書きましたが、すべての指針になっているように思えるあの北極星だっていずれはポラリスから別の星にかわってしまうんですよね。宇宙を通じて体感する大きな時間の中では、“今”は通過点でしかないのだということを、私自身が天体を学ぶうちに実感したのも大きかったと思います。だからでしょうか、これまで書いてきた青春群像劇に比べると、今作に登場する子たちはみんな、どことなく軽やかなんです。誰かに助けを求めるのも手を差し伸べるのも覚悟が必要とされる濃密な密室劇とは違い、わからないことはまず聞いてみる、どうなるかわからないけどまずやってみる、その積み重ねで未来を切り開いていくしなやかさがある。2020年を描く、と意識したことで、十代の描き方もこれまでの私の小説とは少し違っていたと思います」
役に立つことばかりが必要とされるわけじゃない
コロナ禍の息苦しさは、禁止や制限に基準がなく、どうふるまうべきかの正解が誰にもわからないことにもあった。そんななか、ある先輩が真宙に言う。物理の魅力は、答えがないことだと。〈今、自分たちが観測してることが答えそのものになっていく〉、その過程が楽しいのだと。
「私たちはどうしても、自分がしていることになんの意味があるのか、学校の成績や将来の役に立つのかということを考えてしまう。コロナ禍の不要不急という言葉は、その傾向に拍車をかけた気がします。でも、たとえばプロのサッカー選手になれる子だけが、サッカーをする意味があるわけではないですよね。亜紗の後輩である広瀬さんのように、幼い頃から週5で続けていたバレエを、金銭的な事情や才能の限界によって諦めたからといって、彼女のバレエに対する想いが意味のないものだったはずがない。取材で出会った天文部や物理部の生徒の皆さんも、説明がとても上手でこれはさぞ物理の成績がいいんだろうなぁと思っていたら『いや、理科の成績悪いです』みたいなことを言う子もいて、「でも好きです」と話してくれたのが印象的でした。狭い範囲の、役に立つ・立たないをこえて、楽しいからやるということのよさも彼らを通じて描きたかったことの一つです」
子どもたちが好奇心を自由に羽ばたかせることができるのは、見守る存在があってこそ。今作では、亜紗を天文部に導いた綿引先生をはじめ、今なお好奇心の虜であり続ける大人たちも多数登場する。
「取材で出会った顧問の先生たちは、みなさん、教えるというより、生徒たちを信じて見守るタイプが多かったんです。生徒がいないところで話を聞いても、とにかく部員の皆さんのいいところをよく見てらして、褒める時も決して上から目線ではなく、一人の人間として『彼/彼女のここが素晴らしいんです』と話してくれる。子どもを信じているから、子どもからも信頼される大人でいられるんだろうなぁと思い、私も作家としてそんな大人でありたいと感じました。大人が子どもをいかに信じられるかを意識したことが、今作に新しい視点を与えてくれました」
“違い”に想いを馳せながら 手をとりあい生きていく
亜紗の所属する天文部が毎年行っている、望遠鏡で星を捉えるスピードを競う「スターキャッチコンテスト」。その内容に興味を惹かれた真宙が、とりあえず、なんとなく、質問のメールを送ってみたのが、二人の部活が繋がるきっかけ。さらに綿引先生の人脈で、五島の円華たちが加わり、オンラインで繋がるコンテストが開催されることとなるのだが、ちょっとした思いつきとともに世界が広がっていく過程は、コロナ禍が舞台だからこそより熱く迫る。
「三つの土地で同時にコンテストを開催するには、観測条件をできるだけ公平にする必要があるけれど、土地によって同じ日でも天気は変わるし、空の見え方もまるで違う。その調整を通じて彼らは、相手の立場に思いを寄せるというコミュニケーションの前提を、改めて捉え直していったのかもしれません。好きなものが同じという共感で繋がるのはとても素敵なことだけど、それだけを重視すると、自分とのズレが見つかったときに、かえって対立しかねない。同じ天体観測をするにも、亜紗たちは天文部、真宙たちは理科部、円華たちは天文台での学外活動と形態が違うし、参加するメンバーにはそれぞれ、自分だけの大切な想いがある。“違う”ということも共感と同じくらい大事にしなければ、他者に歩み寄ることなどできないということも、コロナ禍で私たちが学んだ大きなものの一つだと思うんです。物語を書いていると、一度のすれ違いが決定的な破局に転じてしまうこともあるけれど、広い空の下でゆるやかに繋がる彼らだからこそたどりつける景色があった、というのは私にとっても新鮮な手ごたえでした」
コロナ禍でなければ出会えなかった仲間がいて、切り開けなかった未来もある。だからよかった、とは言い切れない葛藤を抱え前に進み続ける亜紗たちの時間を、安易に「失われた」なんて言わせない。意味があろうとなかろうと、彼女たちの“今”は確かにそこにあったのだという強い想いが本作には込められている。
「コロナ禍も悪いことばかりじゃなかったよね、と言い合う人は多いと思うんですけれど、本来ならそんなことを考えず素直に経験を吸収し、のびやかに成長できたであろう亜紗たちを思うと、作中で綿引先生が言うように悔しくもあるんです。どっちの方がよかったか、なんていう葛藤はしなくてもいいよって。そんな最中に悩んで、もがいた先で彼女たちの目に映った景色を、読者の皆さんにも一緒に見届けてもらえたら嬉しい。今は、2023年以降の亜紗たちがどんな未来を生きているのか想像するのが楽しみです」
辻村深月
つじむら・みづき●1980年、山梨県生まれ。2004年『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞を受賞しデビュー。『ツナグ』で吉川英治文学新人賞、『鍵のない夢を見る』で直木三十五賞を受賞。『かがみの孤城』で本屋大賞1位に。他の著書に『ハケンアニメ!』『朝が来る』『傲慢と善良』『青空と逃げる』『闇祓』など多数。